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2007年9月/五条と同級生

夏油が帰ってこない。

優秀な術師である同級生が、地方への出張に出向いてから三日が経った。
担任の夜蛾はあきらたちに何も教えてくれないが、日に日に眉間の皺が深くなっていくから何か予定とは違うことが起きているのは間違いない。
運の悪いことに、夏油一人で出向いた任務だったから余計に状況が掴めない。呪術界は常に人手不足で、それは呪術師にとどまらず補助監督も同じだ。全ての任務に彼らがサポートに入れるわけではなかった。

それでも、出て行く背中はいつも通りだったと思う。

——お土産は何がいい?

出張前のお決まりを尋ねてきた夏油に、甘いのだのしょっぱいのだのご当地グッズだの、あきらたちはそれぞれ思い思いのことを返した。

わかった、と小さく笑った夏油の顔を、あきらはまだしっかりと思い出せる。

 

**

 

高専の敷地への正規の入り口のひとつ、延々と鳥居の並ぶ石段の一番上に腰を下ろして、あきらは遠くの街を眺めていた。夕日で赤く染まる景色も見慣れたものではあるから何か感慨があるわけではない、ないが、なんとなく眺めると気持ちが落ち着く。

「何してんの」

後ろからかかった声に驚くでもなく、ゆっくりと振り返る。
そこには五条が立っていた。
青くて丸い目をあきらに向けて、首をちょっと傾げている。

「……別に」
「嘘つけ」
「…………」

適当にはぐらかそうとしたことはお見通しらしい。あきらより何段か下の石段の上にどっかと腰を下ろして、五条は同じように遠くの街を眺める。

「……帰ってこないね」

しばらく続いた沈黙を、終わらせたのはあきらだ。

誰がなんて言うまでもなかった。五条は一瞬こちらを見て、また元通り正面に視線を戻す。「そうだな」と短く答えた。

「夏油、大丈夫かな……」

声に不安が滲むのは仕方ない。
呪術師はいつも死と隣り合わせだ。昨日笑っていたものが、今日はいなくなっている、そんなことは日常茶飯事で、あきらはいつも怖かった。仲間として過ごした人間が、いなくなってしまうのが。

「当たり前だろ」

自然と視線を下に向けていたあきらに向けて、五条は言った。

あまりにも軽い声だった。ありふれた日常会話をしている時と全くかわらない。毎日太陽が昇るとか、木から落ちたリンゴは地に落ちるとか、まるでこの世の決まりを語るような声だった。
瞬きをして、不思議そうに自分を眺めるあきらに、五条はそこで初めて眉を顰める。

「つーかなんでそんな心配なんだよ」
「いや、だって……」
「大丈夫だって」
「…………」

呆れたようにため息をついて、あきらを見る。

「アイツそんな弱くねーし。オマエも知ってんだろ」

特級だぞ特級、俺とおんなじ、と続ける五条は少し不機嫌だった。言い終えるとフン、と息をついて、あきらから目を逸らす。頬杖をつきながら正面の景色を眺める五条の横顔を見て、あきらはふっと噴き出した。

「……そうだね。そうだった」

軽くなった心そのままの声色であきらが応える。ったく、と五条が小さく呟いた。

「大体人の心配できる立場かっつーの」
「返す言葉もございません」

辛辣な言葉にあははと笑いながら返すと、五条の眉間の皺が緩んだ。
もう帰る、と来た時と同じように唐突に立ち上がった五条に続いて、あきらも立ち上がる。先を歩く背中は大きくて、あきらにあわせてか、いつもより歩くのが遅い。

「ふふ」
「んだよ」
「何も」

五条はわりと、気遣いができるやつだ。
頭に来ることは少なくはないけれど、自信に溢れていて、それに見合う飛び抜けた強さもあって、なのに時々こっちを窺う五条を、だからあきらは嫌いになれない。

「早く帰ってくるといいね」
「……おー」

いい加減退屈だし、と最後に漏れた五条の本音は、夏油が帰ってきたら笑い話になるに違いなかった。