やけに帰りが遅いなと思っていたのだが、あきらの心配は杞憂だったようで、夏油はあっさりと高専に帰ってきた。
ただし後ろに隠れるようにしてこちらを窺う、女の子を二人連れている。夏油の制服を小さな手でぎゅっと握って、あちこちに傷や痣のある小さな子供たちは、恐る恐るあきらたちの様子を窺っていた。
なんだかんだ心配だったので、帰ってくれば必ず通るだろう共用スペースで友人の帰りを待っていた三人は、各自目を剥いて驚いた。子供たちの態度からして誘拐には見えないけれど、すっと出てくる言葉がない。
「な、何、その子たち」
一番に尋ねたのはあきらだった。
まだ怯えている様子の子供たちの前だからか、夏油は感情を覆い隠したわざとらしい笑顔で、「村で保護してきたんだ」と答えた。
それからアイスをかじっていた硝子の方に目を向けると、「硝子」と呼ぶ。
「何」
「この子たちの怪我、治してやってくれないか」
「……」
黒目がちの瞳で、硝子が子供二人を見た。ちょっと間を置いてから親指を立て、「合点承知」と答える。じゃあ医務室、まあ遠いから部屋でいいか、と歩き出した後ろについて行くよう、夏油が笑顔で促した。
「大丈夫。みんな私の友人だ。君たちを傷つけるようなことは絶対にしないから」
「……」
「彼女は優秀な術師なんだ。すぐに痛くなくなるさ」
大きな両手で、まだ不安そうにしている子供たちの頭を撫でた。勇気づけられたらしい彼女たちは意を決したようにひとつ頷くと、制服のズボンを掴んでいた手を離す。タッタッと体重通りの軽い足音を立てて、先を行く硝子を追いかけた。
「……で、何があったの」
三人の背中が見えなくなると、夏油の顔から、すっと表情が消える。取り繕う必要がなくなったからだろう。
あきらが聞けば、「見た通りだよ」と夏油が答えた。今まで聞いたことがない、怒りを押し殺したような声色だった。
「──あの村の連中、彼女たちに守る人間がいないのをいいことに迫害していた。酷いものだったよ。呪霊の被害をあの子達の仕業と決めつけて、暴行の上監禁だ。あんな大袈裟な檻どうやって作ったんだか」
「……そいつらは?」
「勿論しっかり説得したさ。檻と家が少し壊れたくらいで収めたんだから褒めてほしいね」
ハッと鼻で笑った五条が、クズっているもんだなと吐き捨てて顔を歪めた。
あきらだって気分はよくない。同じ呪術師だから、というわけではなかった。理不尽な理由で、自分の半分も生きていないくらいの小さな子供が傷だらけになるまで虐げられたと思うと──それができる大人がこの世にいるのだと考えると、吐き気のような不快感が込み上げる。
「……しばらく預かるの?」
あきらの言葉に、夏油が嫌悪を引っ込めて、にっこりと笑った。
「そうなるね」
「へー」
「で、だ。君たち、特に悟に頼みというか注意がある」
「はぁ?」
眉を吊り上げた五条に構わず、言葉は続いた。
「まず悟は体が大きいから、あの子達が怖がらないようなるべく目線を合わせるようにしてやってくれ」
「めんどくせぇ」
「頼むよ。それと前々から注意してる通り、一人称俺は威圧的だから二人の前ではやめろ。いい機会だ、子供に怖がられない話し方を練習するといい」
「……オマエな……」
「わ、私は!?」
五条の苛立ちを察して、あきらが割り込む。この二人が揉め出すと色々と面倒臭いのだ。
「あきらは、そうだな……」
「おもちゃとかいるかな!?買ってこようか!夜蛾先生にぬいぐるみもらう?あ、そういえば昨日灰原達が持ってきたお土産のお菓子が」
「あれは俺のだっつーの!」
「譲ってあげたらいいでしょ!」
「……ははっ」
矛先をあきらに変え、突っかかってくる強欲な五条を跳ね除けていると、夏油が笑った。怒りを隠すための笑顔でもなく、人を威圧するための笑顔でもない、気の抜けたような笑い方だ。
睨み合うのはとりあえずやめにして、あきらと五条は二人揃って友人を見つめた。
「……どうしたんだよ」
「うん、いい友人たちを持って、私は幸せ者だよ」
よくわからないが機嫌が直ったのならいいことだ。五条も何も言う気がなくなったようで、変な顔で黙り込んだ。
「夏油様ー!」
硝子に連れられ帰ってきた二人は、傷の大方消えたかわいらしい顔に満面の笑みを浮かべていた。嬉しそうに駆け寄って、慕う相手の足に抱きついている。
「……聞いた?」
「夏油様だって」
「子供相手にどんなプレイしてんだよアイツ」
引くわー、と自分を見ながらひそひそと言葉を交わす三人に向かって、夏油は青筋の浮かぶ、引き攣った笑顔を向けた。