※学生時代
「先輩たちさあ、最近働き詰めだったから今日はお休みなんだって」
「そうなんだ、たまにはゆっくりしてほしいね」
「しないだろうけどね。花見するんだってはしゃいでたよ。一年の、えーと、なんかメガネの子……い、い……いくじ?」
「……伊地知くんですね、おそらく」
「そう、その子が捕まってて大変そうだった」
「僕も行きたかったなあ……」
「ねー」
「実習なんだから仕方ないでしょう」
というか本当にあの先輩たち主催の花見なんて行きたいものだろうか。
残念そうな二人の言葉を聞きながら、七海は小さく息をついた。
──三月の終わり。
桜舞い散る春の中を、二年生三人で歩いている。
柔らかな日差しと、時折吹く風が心地良い。とはいえこれから実習だ。呑気に歩く後ろ二人を引率するように、七海は先に立って歩いていた。並んで歩きたくないわけではなくて、単に二人の歩みが遅いのだ。
時々言葉を交わしながら、二人は後ろをついてくる。
そしてその合間に。
「私たちも花見したいよねえ」
ひょい。
「帰りにジュースとお菓子でも買ってこようか」
ひょい。
「二人とも」
「ん?」
「どしたの、七海」
近づいては離れる気配。さっきから何かされているのはわかっていた。
立ち止まり、首だけ回して視線を向けると、二人は怯むでもなく不思議そうに目を瞬いた。
こういう、悪意が本当にないところが厄介だ。眉間に皺を寄せた七海の視界に桃色がちらつく。
「…………」
背負っていたケースの上に、点々と桜の花や花弁が乗っていた。
「……なんですかこれは」
「え、桜」
「見ればわかります」
じゃあ何が聞きたいんだろうと首を傾げる灰原とあきらは、手のひらを皿のようにして桜の花を持っている。これから七海に乗せようとしていたに違いない。
どうして桜を、と聞くと、
「いくつ乗るかなと思って」
と事もなげに灰原が答えた。
「七海、歩くの早いからすぐ落ちるんだよ。今のところ五個が最高記録」
あきらが続ける。
「…………」
はーっ、と息を長く吐くと、流石に呆れていることに気づいたのか、にっこりと灰原が明るく笑った。生まれ変わりでもしない限り、自分にはできない笑い方だと、七海は彼を見るたびに思うし、だからこそこの表情に弱い。
「まーまー七海、ゆっくり行こうよ。せっかくいい天気なんだし、まだ時間に余裕もあるし」
「そうそう。帰ってきたら夜かもしれないじゃん。今のうちにさー」
あと七海ホントに歩くの早い、とあきらがむくれた。
「身長差考えてよ。七海と灰原に合わせてたら私ずっと小走りだよ」
「……それは」
悪かったな、と思った。けれど謝る間もなく、あきらがそれっと手に持っていた花を七海に向かって撒いた。薄桃色の花びらが、ちらちらと視界に舞う。地面に落ちる前に風が拾って、空へと舞い上がる。
「綺麗だね!」
灰原が嬉しそうに笑う。あきらが同意する。七海も空を見上げた。いつの間にか、三人は横に並んでいる。
青空に薄く雲のかかる、穏やかで暖かい、春の日のことだった。