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神風されたらしい/五条

※学生五条

 

ちょっと手強そうな実習だったのだ。
補助監督に五条とあきら、おまけに一級の術師が一人というパーティで降り立った廃虚の傍、五条は不意に目を輝かせて、ニッとあきら達に笑いかけた。
 

「じゃっ、俺先に行くから!!」
「はっ?」
 

何か意味のわからない言葉が聞こえたが気のせいだろうか。耳を疑いながらあきらが口を開いた──

「ちょ、ちょっと待って、五条……」

──その間に、五条はもう駆け出していた。

呪霊の気配か何かを感じたのだろう。
あきらの制止なんて聞こえてもいなかったに違いない。

楽しそうに走る後ろ姿を呆然と見ていたあきらは、自分の置かれた状況に気づいて頰をひくりと痙攣らせた。恐る恐る、後の二人を振り向く。

「…………」

目を丸くした二人が、呆気にとられた様子で五条の消えた方を見つめていた。

「す……、すみません」

謝罪の言葉が口から滑り出る。

補助監督からの説明もまだ完全には終わっていないし、帳だってこれからだ。
何一つ準備などできていない。

いつもならなんとか止めてくれるはずの夏油は別任務で、つまりあきらには荷が重すぎたのだ。役目を果たせなかったあきらは、驚いて固まっている補助監督と、未だ黙ったままの、今日の付き添いの術師の様子を窺う。

「あ、あの……」
「…………」
「ほんと、人の話を聞かなくて……」

なんであきらが謝らなくてはいけないのだろう、と思いながら身を縮ませた。居た堪れない。

何度か仕事を一緒にしている補助監督は状況にこの困り切って眉尻を下げ、隣の術師に視線を投げた。何かしらの判断を求められた術師の女性は、五条が飛び出していった方向に向けていた目をこちらに戻して、なぜかにこりと微笑んでいる。

「構わないよ」
「え?」
「要はこの建物にいる呪霊を祓えばいいんだろう?見たところ強いのは五条君が見つけたものだけのようだし、雑魚は君に任せていいかな?」
「は、はい、大丈夫です」
「ではそういうことで。私は先に行って──」

彼を捕まえてくるよ。

余裕ありげな微笑みだった。同学年の家入も自分と比べると随分大人びているし落ち着いているが、彼女とはまた種類が異なる。大人の女性ってこういう人のことを言うんだと、あきらは感心したように息を吐いた。

「頑張ってね」

微笑みはそのままに肩をポンと叩かれる。激励と受け取ったあきらがはい!と張り切った。帳を下ろします、と言いながら、まだ戸惑いが抜けていない補助監督が印を結ぶ。

人工の夜が降りてきた。

冥冥、と確かそんな名の女性は、いつの間にか真っ黒な烏を数羽引き連れている。羽搏きに合わせて大きな羽根がバサバサと散った。

「じゃあ、また後で」

彼女はあきらに向かって軽く手を振ると、光のような色の長い髪を靡かせて、五条の気配がある方へと、驚くほどのスピードで駆けて行った。

 

──数十分後。

後を追いかけて建物に入り、炙り出された呪霊をちまちまと片付けていたあきらの元に、お疲れ様、と片手を上げた冥冥と、なぜかふてくされた様子で眉根を寄せている五条がやってきた。

「心配いらなさそうだね」と微笑まれ、あきらは声を弾ませてハイ!と返事をする。それから冥冥の後ろに立つ五条を力一杯睨みつけた。

「五条!」
「……」
「夜蛾先生に報告するからね!」

脅してもやっぱり不機嫌そうに五条はむくれていて、あきらの怒りには応えずに冥冥の方に青い瞳を向けている。張本人はといえば気にした様子もなく、残った呪霊の片付けに入っていた。

さすがに不思議に思ったあきらが、首を傾げた。

「……どうしたの?」
「アイツ」

五条がすっと目を逸らす。ますます不機嫌そうな顔になっている。

「めっちゃコエー……」

どんなに年上の術師だろうが、大体弱い弱いと敬意の欠片もない五条にしては珍しい。あきらはぱちぱちと瞬きをして、五条の顔をまじまじと見つめた。