※下ネタです。これ読んでから読んでね
緑の濃い匂い。湿った土の匂い。
むせかえるようなそれらにうんざりしながら、先を行くあきらの後を、五条は追いかける。
そう急勾配の道でもないが、五条とあきらが目的地としている山の奥の集落は三十年ほど前に無人になったという場所だ。そこから足を踏み入れる者もなく、正しい道がどこなのかさえもう伝わっていない。二人は必然的に草木に閉ざされた、道とは言えないただの斜面を、露出した木の根やら地面のぬかるみやらに邪魔されながら進んで行く羽目になっていた。
「先輩、大丈夫ですか?」
手に持った薙刀をぶんぶん振り回し、草木を刈り取りながらずんずん進んでいたあきらがふとこちらを振り返った。
けろりとしている。疲れの見えない明るい顔だった。腹の立つことに、五条と違い息一つ切らしていない。
──天与呪縛のフィジカルギフテッド。
呪力も術式も持っていないそのかわりに、こと体力に関しては、呪力で強化したとても及ばないものを、あきらは自らの特性として持っていた。
「ちょっと休みます?」
先輩として、後輩に気遣われるのはどことなくバツが悪い。ただでさえ負けず嫌いな身には悔しさもわいてきて、五条はいらねえよと乱暴に返した。
「とっとと終わらせんぞ」
「はいはい」
呆れたような返事があり、あきらは進行方向に向き直る。その時。
「あれ?」
「……あ?」
不思議そうにあきらが呟いた。あたりを見回し、それからまた五条の顔を見る。怪訝そうな五条にはお構いなしで首を傾げたので、「どうしたんだよ」と尋ねた。
「いえ……匂いが」
「匂いィ?」
やっぱり首をもう一度傾げて、あきらがなんでもないですと言う。今度こそ前を向いて、また薙刀を振るいだした。
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嗅ぎ覚えのある妙な匂いが鼻先をかすめて、五条は思いっきり舌打ちをした。背後の気配に気づいて振り返ったあきらが「どうしたんですか」と尋ねる。
「呪霊いました?」
「ちげーよ」
そんなものだったら逆に喜んで飛び出している。
的外れなあきらを放って、きょろきょろとあたりを見回せば、匂いの原因は案外近くに見つかった。
栗の木だ。
気味の悪い房のような花をだらりと咲かせて、悪臭に近い匂いを振りまいている。実家の裏山でもこの時期になるとこの匂いがしたことを五条は思い出した。あの頃はまあ、これによく似た別のものをまだ知らなかったので、これほど不快ではなかった気がするが。
何にしろ、悪臭と疲れが重なり、五条の気分は最悪である。
「あー」
五条の視線を追って気づいたのだろう。立ち止まったあきらが同じく栗の花を付けた木を見やって、この木だったのかあ、と感心したように言った。
鼻のいい後輩は少し前から気づいていたようだ。
「何の木ですか?」
「……栗だよ」
「ずっと何だろうって思ってたんですよ」
「あっそ」
この匂いを、後輩の女子と一緒に嗅いでいるということが、五条としては少し気まずい。早くこの場を離れたい。
目の前の背中をつつけば、促されたあきらは大人しく足を進めた。
「そっかあ、花だったんだ」
「…………もういいだろ。早く行けよ」
独り言のようにあきらが呟く。しつこい、と言い掛けた五条だったが、あきらが続ける方が早かった。
「高専にもあるんですかね?」
また一閃。びゅんと風を切る音を立てながら、あきらの振るった薙刀が草を刈り取る。緑の匂いが強まった。
「……なんで?」
「似た匂い、よく先輩たちからしてて気になってたので、ちょっとすっきりしました」
「は?」
「え?」
びしっと固まり、五条が動かなくなった。
どうしたのかと思って振り向きかけたその時、いきなり大股で追い抜かされたあきらは、目を丸くして驚いた。
「ど、どうしたんですか、五条先輩」
「うるせー!!!」
さっさと行くぞ!と叫ぶ五条の後を、あきらは慌てて追いかける。やけくそのような速度で雑草も払わず先に進む五条の首筋は、どうしてか真っ赤に染まっていた。