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鈍い五条

※学生時代

 

「寒いですね」

上着を持ってこなかったのは間違いだった。
暦の上ではもうすぐ夏なんだし、高専の制服は結構生地が分厚いし、昼はちょっと暑いくらいだったし──と色々考えて何も用意しなかったのだが、大失敗だ。
山は元々気温が下がりやすい。昨日は雨が降っていた。椅子なんて言えるようなものはないから、座っているのはその辺にたまたまあった大きな石だ。
ちょっと離れて座っているだろう五条の様子を、横目で窺う。

「そうかぁ?」

返ってきたのは暢気な返事で、あきらは思わず半目になった。
こっちは年下の、しかも女子なんだし、ちょっとくらい気を遣ってくれてもいいのにと思う。

「五条先輩って結構鈍い人ですか」
「んだと?」

途端にむくれたような声になる。
声の方向が変わったから、きっとこちらを見ているのだろうが、生憎真っ暗で月もないから、あきらの目ではよくわからない。
不運なことに電池の切れてしまった懐中電灯で、スイッチをかちかちと鳴らして遊びながら、あきらは溜息を吐いた。

山奥の心霊スポット。

あきらと五条は、二人でそんなところにいる。
十数年前までは旅館か何かだったらしいが、殺人事件だかなんだかをきっかけに潰れてしまったのだそうだ。
やけに立派な建物は、時が経って風化し、自然に埋もれて、今ではいかにも幽霊が出そうな風格を備えている。訪れるのは噂を聞きつけて訪れる物好きだけで、そのうちの何人かがこの度亡くなった。調査と伐除が今回の任務の目的だ。
遺体が出ているから呪霊の仕業なのは間違いないし、昼間から結構時間をかけて探したのだが、今のところ尻尾が掴めない。隣の先輩の特別らしい目をもってしてもそうだったので、これは何か条件があるなということで、まずは寝ずの見張りとなった。
呪霊の出現条件で一番ポピュラーなのは時間帯なのだと、付き添いの補助監督が言ったのだ。

「ゲームでも持ってくりゃよかったな」

しくった、と五条があきらとは別のことを後悔している。確かに暇といえば暇だ。このまま下手をすれば朝までと思うと辛いものがある。
まだ時刻は日付が変わったくらいだから、迎えの時間までは九時間ほどある。充電が切れたら補助監督とも連絡が取れなくなるから、携帯電話を無駄に使うわけにもいかない。
それにやっぱり寒かった。まあ正直に言えば我慢できないほどではないのだが、我慢しておくにはちょっと惜しいかな、というのがあきらの考えだ。
よーし、と開き直り、あきらは隣の五条に呼びかけた。

「五条先輩」
「ん?」
「寒いので、そばに行ってもいいですか」
「…………は?」

返事を待たずに五条の気配の方にずりずりと近づく。なんとなく周りの闇と感じが違うところに手を伸ばすと、自分の制服と同じ布地に突き当たった。ぐっと掴んだままぴったりと体を寄せる。服越しに体温が伝わって、びくっと五条の体が跳ねた。

「あったかー」
「…………オマエなぁ……!」
「先輩子供体温ですね」
「………………」
「上着貸してくれるならそれでもいいですけど」
「……俺が風邪引くだろ」
「じゃあこのままで」

はー、とこれ見よがしな溜息が聞こえ、強ばっていた体から力が抜けたようだった。尊敬はできないし呆れることは多いが、なんだかんだそれだけではない先輩なのだ。
お世話になります、と頭を預けると、もう一度びくりと反応したのが面白い。

「……オマエな、こういうのあんまり男にすんなよ」

すぐ近くから、ふてくされたような声がする。
あきらが呆れた。

「五条先輩って、やっぱり結構鈍い人ですよね」
「………………」

さすがの五条も気づいたようだ。たっぷり間を置いた後、

「はぁ!?」

一際大きな声が暗闇に響いて、あきらは思わず笑ってしまった。