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嫌われてる五条

※学生時代

 

ノックも呼びかけも連絡も何もかもをすっ飛ばして、夏油の暮らす部屋のドアがいきなりガッと音を立てた。きちんとかけてある鍵に阻まれると、一拍置いて今度はガンガンと木のドアが叩かれる。
これだけで相手が誰かなどはわかったようなもので、夏油は相変わらずの親友に苦笑しながらハイハイと立ち上がった。鍵を開け、扉を開くとそこにはやはり仏頂面の五条がいる。

「開ける前にノックしろっていつも言ってるだろ」
「忘れてた」

とは返すものの、今まで覚えていたことはもちろんない。
招き入れてもいないのに、遠慮なく部屋に上がり込んでくる五条の背を追いかけながら、「何かあったのか」と尋ねる。

「…………」

ムッと眉を顰めた五条は無言でこちらを振り返って、またふいと顔を戻した。
そのままたどり着いた夏油のベッドに思いっきりダイブし、動かなくなる(迷惑この上ない)。文句を言ってもびくともしない。これは面倒なやつだな、と悟った夏油は、長丁場を覚悟してとりあえず飲み物でも用意することにした。

 

結局五条が再び動き出したのは、会話を諦めた夏油が借り物のマンガをちょうど読み終えた頃だった。
ベッドを背にして座っていた夏油は、わずかな振動に顔を上げる。見ると、もそもそと起きあがった五条が不機嫌なような戸惑ったような、よくわからない表情を浮かべていた。

「話す気になったかい」
「…………」

また無言だ。

ため息を吐いて視線をマンガに戻すと、「高遠が」とやっと言葉らしい言葉が聞こえた。

「あきらが?」

目を向けて、五条の言葉を自分の言葉に変えて繰り返す。何が気に入らないのか眉間に皺がぐっと寄り、けれどすぐに観念したように後が続いた。

「……なんか俺のこと避けてる気がすんだけど」

言葉にするなり視線をシーツに落とした五条を見て、夏油はちょっと笑いそうになった。

 
五条の言うところの高遠、夏油の呼ぶところのあきらは二年に上がってから同学年に編入してきた女子である。
夏油と同じく一般出で、去年の冬くらいに起きたらしい事件をきっかけにこちらの世界に足を踏み入れたあきらは、夜蛾の紹介を受けていかにも不安そうに夏油たちに向かってよろしくと頭を下げた。
元々人数の少なすぎる二年に人が増えるのは、夏油にとって歓迎すべきことだった。硝子なんかは同じ女子ということで、やったーと文字通り両手を挙げて喜んでいた。
問題は。

──はぁ?四級とか。俺初めて見たんだけど

何故か敵対心を丸出しにしていた、五条である。

初っ端から自分より遙かに背が高く、おまけに目立つ容姿の五条に睨まれたあきらは当たり前に怯えた。それがまた気に食わない五条の視線が鋭くなる、あきらは更に怖がるの悪循環だ。

その時だけならよかったのだが、五条の態度は何日経っても警戒したような嫌悪したようなもののままだったし、そのうちあきらは五条が特級なんていう規格外の存在であることも知ってしまい、御三家が呪術界にとってどんなものかという余計な知識も付けてしまった。

溝は広がるばかりである。

今思えば、五条はおそらく戸惑ったのだろう。
夏油と硝子と自分の三人でそれなりに楽しくやっていた一年で、自分の中の仲間の範囲をきっちり定めてしまっていたのだ。だからあきらという、言い方は悪いが異物がいきなりやってきて、今日から仲間だなんて言われたのが気に入らなかった。
夏油と硝子があっさり受け入れたのも、五条を拗ねさせた原因の一つだったのかもしれない。
何にせよかわいそうなのはあきらである。
呪術界にも高専にも慣れていないあきらは五条の冷たい態度にただ傷ついて、別に悪くもないのにごめんなさいとよく謝った。萎縮していてはうまくいくものもいかないし、実習でヘマをし、それがまた五条の気に障る。

数ヶ月経ち、五条がやっとあきらの存在に慣れ始めた頃には、もう手遅れだったのだ。

 
「あー……」

手遅れの親友から目を逸らす。視線をしばらく泳がせた後、夏油は「硝子を呼ぼう」と言った。

「は?なんで」
「正直言って手に余る」
「……」
 

メールで呼び出すと、数分もしないうちに、暇を持て余していたらしい硝子が部屋にやってきた。

「やっほー」

暢気にドアを開け放って、ずんずん部屋に入ってくる。夏油と五条はいつもの調子で、ちょっとふざけながら硝子を出迎えた。こちらへどうぞとわざとらしくベッドの上に置いた座布団を示し、たまたま冷蔵庫で冷えていたジュースを捧げる。「ん、くるしゅうない」と硝子が促された場所に座り、缶のプルタブを開ける。ぐっと飲んだ後気持ちよさそうにぷはーと息を吐いた。カーペットの上に座る男二人を見下ろして口を開く。

「で、あきらがどしたの?」
「……あいつ、俺のこと避けてねぇ?」

二回目なのでタメもなく、本題に入った五条に、硝子はぱちぱちと目を瞬かせた。
んー、と唸り、黒目がちの瞳が言葉を探すように宙をさ迷う。

「ていうかあきら、普通に五条のこと嫌いだと思うよ」
「………………」

ばっさり。
あまりの切れ味に五条が絶句した。

「そもそもあの態度で好かれてるわけないじゃん」

そうだろうな、と思う。実習に行くたび弱い弱いと詰られて、教室で過ごしているときも無視だのなんだの。小学生のいじめみたいなものだ。
ショックを受けているらしい五条の代わりに、夏油が「まあね」と相槌を打つ。

「最初はそりゃ戸惑ってるだけだったけど、最近はイライラする余裕でてきたっぽい。何なのアイツってたまに怒ってる。避けてるのもそのせいじゃない?」
「…………」
「何?今更仲良くしたいわけ?」

ムリムリと笑顔で硝子が言った。明るい笑顔を五条が恨めしげに見上げる。

「そこをなんとか。私たちだって同じ教室でいざこざが起きてると居心地が悪いだろう」
「えー?」

腕を組み、うーんと硝子が唸る。「命の恩人になるとか?」と言った。

「そのレベル?」
「いやだって手遅れじゃん、それくらいしないと覆せないよ」
「手遅れ……」
「あとはー…………あ、雨の日にずぶぬれの子犬拾ってオマエも一人なんだな……って言ってみるとか」
「オマエな!ちょっとは真面目に」
「だって私関係ないもん」

怒りかけた五条にまたもばっさりと硝子が言った。

「私と夏油はあきらと仲良くしてるし。五条は自業自得だし」
「…………」
「同情の余地なし」

それもそうなのだ。

結局そこからしばらく案を出しあってみたのだが、特にこれだと言えるようなものは見つからない。
もうやめようよこれ、と硝子が言っても、ちょっと飽きてきた夏油がそれに頷いても、五条は眉を顰めてだんまりを決め込むばかりだ。

「なんでそんな仲良くなりたいの?好きにでもなっちゃったわけ?」
「……」
「え、悟、本当に?」
「バカじゃん五条!」

遠慮なく笑い出した硝子を恨めしそうに睨み付けて、笑うなバカと五条は言った。

 

作戦会議後