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できちゃった/五条

話がある、といきなり部屋にやってきた友人は静かに笑っていたから、ああこれは何かあったんだな、と家入は思った。
学生時代から時々見た表情だ。何かを自分で決定しきった時の顔、誰に何を言われようが押し通す時の顔。
高遠あきらが時々発揮する頑固さとその厄介さを一番よく知っているのは家入硝子だ。自負は明確にあった。
 

「子供できちゃった」
 

せっかく出したコーヒーに手をつけもせず、笑顔のままそう言うものだから、さすがに家入も固まるしかない。煙草を取り出そうとしてやめ、少し間を置いて、「心当たりがないな」と一応ふざけてみる。ヒドイ、あんなに愛し合ったのに〜とあきらが泣き真似をしだしたところで、溜息を吐いた。

「……五条の?」
「まー、他に心当たりないしね」

けろりとした返答にソファーに背を預けて脱力する。
避妊してなかったわけ、とあまり聞きたくもないことを聞けば、してたんだけどピルまでは飲んでなくてさあと暢気な声が返ってきた。

「ゴムって百パーじゃないんだね。硝子も気をつけなよ」
「……ご忠告痛み入る。それで?」
「うん?」
「どうするわけ?産むの?」

多分ここが、あきらの今回の決定なのだろう。
おそらくこの感じだと五条には言っていないのだろうし、堕胎の方かと家入はなんとなくあたりをつけている。あきらがどんな選択をしようと家入はそれでいいと思っていた。
どうせ体を弄くられるのは女の方だ、一番付き合いの長い友人として、秘密にしろと言うのなら死んでも漏らさないし、何だったら知り合いの医者を紹介してもいい。
しかしそんな思いに反して、あきらは「カナダとか行こうかなーって」と何故かそんな突拍子もないことを言い出した。

「は?」

思わず問い返すとあきらが「カナダ」と短く繰り返す。
いや別に国名が聞こえなかったわけじゃないよと前置きして、家入は続けた。

「産むのか産まないのかって聞いたつもりなんだけど」
「え、だからカナダ行って産もうと思って」
「……」

だからと言うには飛躍がありすぎる。
呆れたような視線を向けるとあきらが首を傾げた。

「五条には?」
「言わないけど」
「…………」

家入は額を押さえた。反射的に出かけた言葉をなんとか留めて、「なんで」と重ねる。
あきらはまだその片鱗が全く見えない薄い腹を撫でて、ふふっと笑った。

「五条家の子供にしたくないから」

五条の、ではなく五条家の、とあきらは言った。
お腹の子の父親である五条は、日本の呪術界に古くから根を張る御三家のうちの一つを出身としている。なおかつその五条家の中でも、最も重要な位置にあると言っていい。
本人は奔放な人間だし、家のことなんてどうでもいいと思っていそうで、実際ほぼ諦められてもいるが、こういった血筋のこととなれば家の介入が改めて激しくなるのは当然予想できることだった。
あきらはそういったゴタゴタに巻き込まれるのが嫌なのだろう。
御三家も何も知ったことかと、そんなものに自分の子供を取られるなんて可能性だけでも耐えられないと思っているに違いない。
だとすれば、家入に止められるものではなかった。
止めたところで無駄ではあるし。

「…………戻ってくる気、あるの」

しばらくの沈黙の後問いかけると、「うーん、一応」と答えが返る。

「一応?」
「生まれた子の目が青くなかったら、ちょっと考える」
「……六眼か」
「うん。それで、まあ五歳くらいになって、術式がわかって──」

──五条家の術式を継いでなければ、帰ってくる。

あきらはそう言ってやっぱり笑った。

 

**

 

それから一週間もしないうちに、あきらは宣言通りカナダに発った。
相変わらず行動が早い。

「何だよ世界を股にかける呪術師になるって。馬鹿かアイツ」

先日のあきらのようにいきなり部屋に訪ねてきた五条は、あきらとは違って不機嫌に舌打ちをすると家入の出したコーヒーに口をつける。
啜ってすぐに顔を歪めた。

「苦い!硝子、砂糖」
「ない」
「はぁ?」

どうもあれから、あきらは五条に会わなかったらしい。
元々双方忙しい人間だから不自然ではないし、あきらの方は会うと何か勘づかれるんじゃないかと思っていたのかもしれない。
飛行機に乗る直前くらいに連絡が来たと愚痴る五条を見ながら、多分出会って初めて、家入は五条悟のことを哀れむような気持ちになった。
 

──お前、十ヶ月後には父親になるんだぞ。

──しかもあきらはもう二度とこっちに戻ってこないのかもしれないんだぞ。
 

当事者だというのに蚊帳の外で、知らない間に父親になり、恋人と永遠の別れを果たしたのかもしれない友人は、そんなことも知らずぶつぶつと当然の不平を垂れている。
しかもこうして話している家入は、同じ友人とはいえど五条よりもあきらの方をより大事に思っているわけで、真相を喋ってやる気は全くないのだ。

「いつ戻るかって聞いても未定だってさ。どういうこと?」
「さあな」

五条が家入を睨みあげる。八つ当たりのような視線を受けながら、家入はしれっと答えた。