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早とちり/五条

ポケットの中のスマホが震えた。
無言で取り出して画面を見る。ポップアップで表示されたのは『ちょっと用があるから無理』という特に飾り気のない一言で、あきらはハアと息を吐いた。
昨日もこうだった。
今日来る?と五条にメッセージを送ると、無理、という簡潔な返事。一週間前もだ。
ここ最近ずっと、あきらは五条に避けられている。

「どうかしたんスか?」

信号待ちで車を止めた新田がミラー越しにあきらを見た。結構年下の補助監督に、あきらはじろりと視線を向ける。「新田ちゃん」呼びかけると、はい、と素直な返事があった。

「一般的な考えを聞かせてほしいんだけど」
「はいッス」
「彼氏が突然会ってくれなくなってさ、理由も特に教えてくれないって、これ何が起こってると思う?」
「仕事とかじゃなくてッスか?」
「うん」

仕事ではない。五条は目立つのだ。予定なんかあきらが特に知ろうとしなくても、極秘のこと以外は流れてくる。別の理由なのは明らかだった。
新田はうーんと首を傾げて、「……他に好きな人ができたとかッスかね」と言った。

「もしくはまあ、別れたいとか」
「……」

まーそうだよねそうなるよねえと諦めたような口調で肩を落とすあきらに、新田は「やっぱ高遠さんの話なんスね!?」とこちらを振り向こうとする。

「信号。青」
「あ」

だがしかし仕事優先という意識は当たり前にあるようで、新田は渋々ながらちゃんと姿勢を正し、車を発進させた。
 

**
 

五条に避けられている。

お互い忙しい身だし、一ヶ月二ヶ月と会わないことは元々珍しくなかったが、仕事がないとわかっている日に何度も何度も会うのを断られるのは、まあそういうことなんだろう。新田に聞かなくたってわかっていたことだ。
他に好きな人でもできたか、別れたいか。年下女子の素直な意見を反芻する。

あきらを避けているかわりに、伊地知と行動することが増えた気がしたので一応探りを入れてみたが、こちらも成果はなし。
気の弱い後輩は最初何も知りませんと目を逸らし、それでもじっとりと見つめ続けるとそのうち綺麗に90°のお辞儀をして、すみません言えません!と言った。
悲鳴のような声だった。
同じ先輩とはいえ、あきらよりも五条の方が上位の命令権を持っているということに、多分伊地知の中ではなっているんだろうと思う。それはあきらの方が常識的だという評価に他ならないから、まあ構わない。

「……私の口からは言えません。ですがもうじき、五条さんからお話があるかと……」

付け加えられたそれを聞いて、あきらはそう、とだけ返した。
 

……もうすぐ別れ話が直接本人からあるってか。
あっそう。

──もういい。
 

家に帰ったあきらは、台所から地域指定の半透明のゴミ袋を一枚引っ張り出した。
それを片手に持ち、部屋の方を振り向いて、キッと睨みつける。

「五条のバーカ!」

ここにはいない相手を罵って、猛然と足を進めた。
見渡せばそこここに目的のもの──こうなる前は結構入り浸っていた五条の、ごちゃごちゃとした私物がある。
シャツに部屋着のスウェット、どこかのおみやげだと言って持ってきた変なぬいぐるみ、雑誌、時計──高いだろうものもその辺で売っていそうなものも、全部まとめて乱暴にゴミ袋の中に放り込んでいく。
リビング、寝室、洗面所と移動しては同じことを繰り返した結果、一時間もしないうちにゴミ袋二つ分が満杯になった。
洗面所でコップと歯ブラシをつっこんだ時には涙が出たし、去年の冬に貰った指輪を外して放り込んだときはその場にへろへろと座り込んでしまった。
口を縛りながらえぐえぐと年甲斐もなく泣いて、玄関のそばに置くと、あきらはそのまま電話をかける。

『はい、もしもし』
「歌姫ざぁん!!」
『な、何よいきなり!?』

ていうかあんたなんで泣いてんの!?と遙か遠くの京都にいる庵歌姫が言った。

「五条どわがれる」
『はあ!?』

同期ですぐに会える距離にいる家入硝子ではなく、わざわざ歌姫を選んだのは打算があったからだ。
五条のことが結構嫌いな歌姫は、多分あきらが何を言って喚いたって、呆れながらこちらの味方をしてくれるだろうから。

飲むんで通話繋いでてください、と泣きながらお願いすると、歌姫は渋りながらも、やっぱり承諾してくれた。
 

**
 

結局歌姫と夜通し通話して泣きに泣いたあの日から、あきらは五条に連絡を取るのをやめた。
どうせ別れる男である。伊地知の言葉通りならもう少し待てば五条から直接言ってくるんだろうしもういいやと思ったのだ。あんなのよりもっとまともな男いくらでもいるわよと慰めてくれた歌姫の言葉はもっともだった。
だから今日、話があるんだよねと五条が声をかけてきた時も、言うならさっさと言えなんで場所まで移すんだ帰ったらゴミ袋外に出してお前となんて終わりだとか思いながら前を行く背中を睨んで、それで、
 

「…………はあ?」

それでだ。

思わず間抜けな声を出したあきらの目の前には、黒の制服を着た学生がいる。
連れてこられたあきらを見ると少年はよろしくおねがいしゃーす!と快活に頭を下げた。これから出すのだろう車の側には伊地知が立っていて、あきらを見て苦笑していた。
放心しているあきらに構わず、五条がお互いを紹介する。

「虎杖悠仁、僕の生徒だよ。こっちは高遠あきら」
「……」
「今日はあきらの任務に付き添って、い〜い感じに呪霊を祓ってくること、わかった?」
「ウッス!」
「……ちょっと、ちょっと待って」

ぽかんと口を開けた自分をよそに進んでいく話をあきらはなんとか止めた。言葉を絞り出すと、五条と虎杖があきらを見て揃って首を傾げた。

「何?」
「何じゃなくてさあ……」
「ああ、悠仁のこと?まあ死んだって報告は上げたけどね、実は生き返ってましたっていう」

ちがう。
あきらが聞きたいのはそんなことではない。

「でもそのまま復帰させるとまた同じことが起きないとも限らないからさぁ、この一ヶ月ずっと僕が鍛えてたの。休み削って。その甲斐あって大分強くなったからさ、まあ試しにこき使ってやってよ」
「頑張りまっす!」

ぽんぽんと教え子の肩を叩いて笑う五条、ぴっと敬礼して宣言する虎杖。

この一ヶ月。
一ヶ月?

「じゃあ悠仁、生き返ってからの初仕事だ。あきら、頼んだ」
「…………わかった」

まだどこか呆然としているあきらが返事をする。伊地知さん今日どこ行くのー、と暢気に問いかけて車に乗り込む悠仁の後を追う足は少しふらついていた。

「あ、あきら」

そのあきらの肩を掴んで、顔を寄せた五条が小声で一言。

「──夜、そっち行くから」

パッと手を離した五条は笑っていた。

あきらはうん、と反射的に頷くと、ふと我に返ったようになって、慌てて車に乗り込む。
ハーと溜息を吐くと、高遠さんどうしましたか、と伊地知が心配そうに問いかけた。

「……なんでもない。早く行って」
「は、はい」

車が発進するなり、高遠さんって五条先生の同級生なの、とか好奇心旺盛な虎杖が尋ねてくる。そうだよと答えながら、あきらは夜通し愚痴につきあってくれた先輩にこのことをどう報告しようかを考えていた。
 

考えていたので、すっかり忘れていた。

 

 

「──あきら?これ、どういうこと?」

その夜、少し浮かれながら帰り着いたあきらを出迎えたのは、自分の私物が詰まったゴミ袋を前にしてにっこりと笑う、久しぶりの恋人の姿だったという。