※学生時代
「最っ悪!」
あきらたち一年に割り当てられた小さな教室に、引き戸を開ける乱暴な音と不機嫌な声が響く。雑誌から顔を上げてそちらを見れば、担任の夜蛾に呼び出されていた五条がムスッとした顔で頭をさすっていた。
「傑は?」
「自販機」
聞かれたことに短く答え、ついでに硝子はサボり、と付け加えると、五条はふうんと言って自分の席に座った。
大きな体が椅子ごと斜めに傾く。行儀悪く机の上に乗せた足でバランスを取りながら、サングラス越しに天井を睨んでいる同級生を見て、あきらは苦笑する。
「やっぱり怒られたの?」
「もーガッツリ。一発殴られたし。見ろよこれ」
白い髪をかきわけて指し示されるが生憎わからない。精々地肌がちょっと赤くなっているかな、というくらいだ。
今日のあきらは五条とは別行動だったから、夜蛾が怒った原因は知らないが、あんなボロ家壊れたところで誰が困るんだよ、と五条がぼやいているから、また何か派手なことをしたんだろう。
くすくすと一頻り笑ったあと、あきらは宥めるような口調で「まあきっちり怒られたんだから偉いじゃん」と言った。
「ああ?」
五条が怪訝そうな顔をする。
「五条のことだから、殴られそうになっても術式で防ぐとかするのかと思ってた。当たるかバーカ、とか言って」
「…………」
思ったことを続けると、五条が青い目を細めてあきらを見た。
「…………昔」
視線を逸らす。尖らせていた口が開いた。
「怒られたことあんだよ。それやって」
「へー?」
「そんな風に自分のしたことの責任から逃げてばかりいると、本当に怒られないといけない時にも誰も怒ってくれなくなりますよって。それはもーすごい剣幕で」
また唇を閉じて、五条は天井を見た。
眉間に皺を寄せたその表情が拗ねた子供のようで、あきらはなんだかおかしくなる。
そしてひとつ──わかってしまった。女の勘というやつだ。
「五条、私わかっちゃった」
「あ?何がだよ」
眉を上げてこちらを見た五条に、ふふふと得意そうに勿体ぶってから、五条さあとからかうようにあきらは言った。
「──その怒ってくれた人のこと、好きだったでしょ」
「はあ!?オマエ何…………うわ!」
やっぱり図星だったらしい。
驚いたせいでバランスを崩し、そのまま椅子ごと後ろに転けた五条を見て、あきらは腹を抱えて笑った。