※あの村での出来事
歩けないように足を折られた。転がされた背中の上には夏油の呼び出した呪霊が一体陣取っていて、もがいたってびくともしない。
少し離れて立つ夏油を睨んだって何の効果もない、力の差は歴然としている。頬に返り血をつけた同級生は、あきらの携帯を手にしてこちらを静かに見下ろしていた。
ばきん、と嫌な音がして、あきらの携帯が壊された。二つに分かたれたそれが床に落ちる。夏油はそんなことを気にも留めずに、淡々と言った。
「三日もすれば、高専もさすがに何かあったと気づくだろう。助けは来るから心配しなくていい」
どこの誰のものだったのだろう、古ぼけたリュックを持って夏油は名前に歩み寄る。手を目一杯伸ばせば届く場所に置かれたそれの中に水と食料がたっぷりと入っているのが見えた。あきらの頭に血が上る。
「どういうつもりなの」
「君を殺す気はない」
「だから大人しく待ってろって?外の死体の山と?」
「ああ、そうだとも」
夏油は笑いもしない。
あきらの話を聞きもしないし、あきらの怒りを受け止めようともしなかった。もう歩く道が違うから、通じる言葉が何もない。
踵を返す夏油はきっとこれからどこかへ行くのだろう。
あの傷ついた子供たちを連れて、この薄暗い集落を出るのだ。あきらを生かしたまま、ここにこうして捨て置いて。
「あきら」
唇を噛んで睨みつけていた背中が止まった。
振り向きもしないで、夏油はあきらの名を呼んだ。
いつものように何とは聞いてやることはしなかった。ただあきらは、夏油傑の背中を睨みつけた。
「さよならって言ってくれないか?」
ひゅっと喉が鳴った。
こみ上げてきた感情は、おそらく怒りに似ていたと思う。
「……死んでも嫌」
しばらく時間をかけて、やっとのことで絞り出した声は、現状と同じく地を這うように低い。
「あんたの自己満足に私を使わないで」
「手厳しいね」
「当たり前でしょ」
「残念だ」
背を向けたままの夏油が笑う。もうなんにも、聞きたくなかった。