この子こそ神の子です、とすぐ横に立つ母が言うのを、あきらはぼうっと聞いていた。
いつもそうだ。大きな建物の中、たくさんのおもちゃと本しかない、鍵のかかった広い部屋の中に閉じ込められて、あきらは毎日を過ごしている。食事を運びに来る女性はあきらに一言も話しかけない。
母と会うのは三日に一度。昼間でも光が差さないように作られた部屋で、真っ白い絹の着物を着た母に、詰めかけた信者達の前に引き出されてそれが始まるのだ。
──この子は奇跡の子。この子は神の子。だから。
だからそれを産んだ自分は神そのものなのだと、母は陶酔したように語っている。
ぼんやりとしている間に、話は進み、母の合図で短刀を胸の高さに捧げ持つ付き人が静々と進み出る。
受け取った母がゆっくりとそれを抜く。刃がぎらりと光る。
いつもと同じだ。怖くはない、怖がってはいけない。母の振り下ろす刃を受け入れなくてはいけない。痛みを見せてはいけない、流すのは血だけで、涙は見せてはならない。破るともっと怖いことがある。
──どすっ、と肩のあたりに衝撃があった。
小さな体が床に崩れる。じわじわと血が母と同じ絹の着物に滲んでいく。信者達は息をのんでそれを見ている。
慣れた痛みをやり過ごして、あきらは息をする。ゆっくり、ゆっくりと体を起こす。
母がまた何かを言い、あきらの肩を掴んで着物を乱した。
小さな肩には当たり前に刃物の傷が痛々しく残っている。どくどくと流れる赤い血と傷跡を、己も食い入るように見つめながら、女は譫言のように見なさい、見ていなさい、と呟いた。
額に脂汗を浮かばせながら、あきらは息を整える。痛みを忘れるように、ただ傷に集中する。
おお、と信者達がどよめいた。
血が止まり、早送りでもしたように塞がっていくあきらの肩の傷を見て、奇跡だ、神の子だと狂った声が次々に上がる。狂ってしまった母が言う。そうです、この子は神の子で、だから私は──
「なるほどね」
やけにはっきり聞こえる声だった。
しん、と部屋の中が静まり返り、それからすぐさっき以上にうるさくなる。なんだお前は、ここがどこだかわかっているのか、神聖な、と次々に上がる怒声をくつくつ笑って受け流すと、もう一度声が言う。
「こんな気持ちになったのはいつぶりだろうな。全く猿どもというのは、数ばかり多くて嫌になる。潰しても潰してもキリがない」
傷をやっと治し終えたあきらが顔を上げる。
部屋の入り口あたりに立つ男は光を背にしていて、逆光で顔は見えなかった。
母が隣で金切り声を上げている。信者達もそれに呼応するようにして声を上げている。それを一心に受けてなお、その人は多分笑っていて、いつの間にか近くに現れていた影のようなものが、あきらに向かってぱくぱくと口を動かした。
「だ、だい、大丈夫」
怒鳴り声に段々と悲鳴が混じる。逃げ場なく信者達が死んでいく。
いつもご飯を持ってきてくれる付き人がいつもお慈悲をと言ってあきらの体を傷つけては血を取っていく信者達が神様なのだというあきらの名も呼んでくれない母が、潰れて捻れてぺちゃんこになっても、あきらはなんとも思わなかった。転がる死体の合間を縫って、こちらへゆっくり向かってくるその人をただ目を見開いて見つめていた。
「やあ、初めまして。君の名前は?」
目の前までやってくると、男はしゃがんで、あきらに目線を合わせてくれる。あきら、とたどたどしく答えると、血の飛んだ頬をそのままに、にっこりと心底嬉しそうに微笑む。大きくて温かい手があきらの頭を優しく撫でた。
「私は夏油傑。君の新しい──家族だよ」
この人こそかみさまだ、とあきらは思った。