※加茂さんが赤ちゃんです
※名前のことを色々捏造してます
腹違いの弟が生まれたと知ったのは、あきらが四つの時である。
その頃屋敷は騒がしく、母様はなんだかずっとぴりぴりしていて、些細な失敗を見つけてはあきらをがみがみと叱るようになっていたから、なんでどうしてと世話係に尋ねてみたのだ。答えを聞くまでは離れない覚悟のあきらに根負けした彼女は辺りを見回してからしゃがみ込み、小声でこう耳打ちした。
「側室が男児を産んだのです。ですから奥様のご機嫌がお悪いのは、あきら様のせいではございませんよ」
しばらくすれば落ち着くでしょう。このことはどうぞご内密に、と後には続いたのだが、降って湧いたような弟なんて存在に気を取られたあきらの耳には入らない。
うんうんとよい子のお返事をしたあきらは部屋に戻ると、外から足音が聞こえなくなったのを見計らって、即座に部屋を抜け出した。道中隠れながら、常日頃から行ってはいけないと母様に口を酸っぱくして言われている離れへと向かった。
「……あきら様?」
ひょっこりと顔を出したあきらを見て、その人はとても驚いたようだった。
ぽかぽかと暖かい日の射す縁側に座ったまま、目を丸くして、あきらの顔を見ていた。
まさか立場的にも距離的にも離れている正室の娘が、こんなところにやってくるとは思わなかったのだろう。しばらく固まっていたが、呼ばれた名に得意げにうん!と頷くあきらを見て、くすっと控えめに笑った。
「ここへ来てはいけないと……奥様から言われているのではありませんか」
「そんなのはいいの。ねえ、それがわたしのおとうと?」
あきらはずんずんと歩いて、すぐそばまでやってきた。触れられるほど近くまでやってきて、まだ戸惑っている様子の女性が大事そうに抱えているものをのぞき込む。
柔らかい布に包まれて、目を閉じている赤ん坊がそこにはいた。
「ねてる」
「ええ」
「……どこかわるいの?」
「いえ」
ふふ、と笑みを湛えながら、その人は赤ちゃんは眠ることが仕事ですから、と優しく言った。
ふーん、と頷いたあきらは、すうすうと眠る赤ん坊をもう一度見た。なるほどこれが弟か、と思いながら観察してみる。
「……なんだか」
目も鼻も口もなにもかも小さい。
髪もあまり生えていない。頬をつつくと、今日おやつに食べた大福よりもやわらかかった。
心のどこかがむずむずしていて、なんと言えばいいのかわからない。
眉を寄せて言葉を探しているようなあきらを見て、弟の母は微笑んでいる。それはとても優しい目で、あきらは少し居心地が悪くなった。
「……あんまりかわいくないのね」
憎まれ口をきいてみたものの、お見通しなのかなんなのか、そうですか、と流される。大人の反応にちょっと口を尖らせて、あきらはもう一度ふくふくした頬をつついた。
ほやあ、と赤ん坊が声を上げる。
「な、泣いちゃった!」
「大丈夫ですよ」
ほやあほやあと気の抜けるような泣き声に慌てる間もなく、慣れた手つきで赤子をあやす。すぐに泣きやんで、今度こそ目覚めた赤ん坊を、ほうら、と見せてくれた。
ぱっちりと目があった。
「……目がほそい」
「ふふ、そうかもしれません」
「わたしがねえさまよ。わかる?」
名乗ってみたもののもちろんきょとんとするばかりで、理解している様子はなかった。
そういえば、とあきらは思う。
「ねえ、この子のなまえは?」
すぐそばにある顔を見上げて尋ねると、ほんの少しその表情が強ばったように見えた。けれど不思議に思う間もなく笑顔に戻って、「……憲紀と言います」と彼女は答える。
のりとし、のりとしと幾度か口の中で唱えてみた。そうして覚えた名前を口に出すと、わかっているのか赤子があきらを不思議そうに見つめてくる。
満足げにふふんと笑うと、そのままあきらは弟の母を見上げた。
「いいなまえだわ」
「……ええ。ありがとうございます」
せっかく本心から誉めたのに、彼女は何故か困ったように微笑んでいる。どうしたの、と聞けばなんでもありませんと答えが返った。
「へんなの」
「ふふ」
不満そうに言ってもまた軽く流される。
そのうち弟は再び眠ってしまい、退屈したあきらは離れを出ていくことにした。あまり留守にして怪しまれるわけにもいかないから仕方ない。出て行こうとしかけて振り返り、あきらは弟とその母を見る。
「また来てもいい?」
「…………怒られてしまいますよ」
「みつからないようこっそり来る。かくれんぼはとくいなの」
「ふふ、では、是非」
手を振ると優しく笑い、控えめに振り返してくれた。母様もあれくらい穏やかだったらいいのになあ、とつい思ってしまって、あきらは子供らしからぬため息を吐いた。
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人の名は、人が生まれて最初に受ける呪いなのだという。
──憲紀。
その名が加茂家の汚点と言われる男から取られたということ──そしてそれが、正室である自身の母が弟にかけた、いわば呪いだったのだということをあきらが知ったのは、優しく笑う彼女が加茂家を出て行ってからのことだった。