それは五条とあきらが、まだ二十代の前半だった頃のことだった。
「もし三十になって、その時お互い一人だったら結婚しよっか」
任務帰りに連れられて入った、一皿三百円くらいなことが売りの居酒屋チェーン店でのことだ。
背後ではぎゃあぎゃあうるさい学生らしい酔っぱらいの群れが、イッキイッキと調子良くコールをしている。
台詞のロマンチックさにふさわしいムードなど欠片もなく、ていうかそもそもあきらと五条はそういう関係ではない。一応別れはするけどまあ悪い相手ではなかったので保険をかけとこうとする男女が言い出しそうな台詞を、よりにもよってこんなところで、同期でしかない五条悟に言われる覚えはどう考えてもない。
多分素面だったらあきらはドン引いていたことだろう。そして高専で事務仕事をしてるだろう伊地知に電話をかけて、五条のことで困ってるんだけどと迷惑な相談をしたかもしれない。
だがしかし生憎、高遠あきらはその時酔っぱらっていた。普段だったらドン引いているはずの台詞を聞いても、わははと爆笑できるくらい酔っていたのだ。
「なんで!?どこから来たそれ!?」
目に涙を浮かべたあきらが問いかけると、五条は「なんとなく?」と首を傾げた。あきらと違って酒を飲まない五条は、サングラスをかけた美しい顔で微笑んでいる。
あきらは一層笑った。もうその時は何が起こっても面白かったし楽しかった。あきらは散々罰ゲームじゃんそんなのとけらけら笑ったが、五条は気にせず言葉を重ねた。
「笑ってないでさ。いいのか悪いのかどっち」
「ええ〜?」
こてん、と酔っぱらいが大げさに首を傾げる。多分素面のあきらだったら言語道断と断っていたはずだが、覚束ない思考の中では、つい、この場のノリが勝ってしまった。
どうせ三十までに相手がいなかったらという条件付きだし。リミットまであと五年以上ある、と考えると、それが当てはまる未来があきらにはどうしても想像できなかった。自分はさておき五条はいいところの跡取り息子で、そんな年まで身を固めないなんて周囲が許さないという確信もある。
思い返してみれば特に根拠のない楽観視が、酔ったあきらの頭には巣くっていた。
「いいよ。お互いフリーだったらね〜」
答えて自分のグラスを持ち、ぐっと飲み干す。空になったそれのおかわりを、五条が店員に頼む。気が利くじゃんと背中を叩くと、晴れやかな表情の五条が「じゃあそういうことで」と言った。
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ということを何故突然思い出したのかというと、今日があきらの二十九歳の誕生日だったからだ。
任務で一緒になった補助監督に祝われカフェでケーキを奢ってもらい、医務室の家入のところに祝ってもらいに行き、それから何度か任務に同伴した高専の学生たちに「これプレゼントです」となにやらかわいい包みを貰えた、楽しい誕生日だったからである。
いやあこういうのも悪くないなあとほくほくしながら待機室に足を踏み入れた時、ちょうど出て行くところだったらしい五条とすれ違った。
ポン、と何故か肩が叩かれる。
「ん?何?」
見上げると、五条が笑った。ちょっと嫌な予感のする顔だった。
「あと一年だよ」
「…………」
誕生日を祝うわけでもないそんな一言を残し、硬直するあきらをそのままに、五条は機嫌良くどこかへ去っていく。
残されたあきらの脳内に溢れ出す存在しない、いや存在する記憶。チェーン店の喧噪の中言われた似合わない言葉、それに爆笑して、ノリでいいよと答えてしまった過去の自分。そして恐ろしいことに、仕事の忙しさにかまけてお互いフリーなこの現状。
「…………こわっ!!!」
押さえきれなかったあきらの叫びを聞いたものは、残念ながらいなかった。