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スカウトされる夏油

※夏油が中学生

 

 

テスト期間で早く学校が終わった帰り道、いきなり後ろから声をかけられたかと思ったら、そこには気まずそうな顔の若い女が立っていた。
 

「じゅ、呪術高専の高遠あきらといいます。いきなりで申し訳ないんだけど、ちょっと時間、いいかな」
「…………」
 

夏油は怪訝そうに眉を顰めた。こんな平日の真っ昼間に夏油のような中学生の少年に声をかけてくる、成人しているだろう若い女。道に迷ったから助けを求めている、という風でもない。
しかも名乗りが不穏だった。ジュジュツコウセン、漢字をあてはめるとするなら一番妥当なのは呪術だろうな──とそこまで考えて、夏油は一転、愛想良く微笑んだ。いい返事を期待したらしくつられてほっと表情を緩めた女に、「すみません、急いでいるので」と返事をし、早足でその場を離れる。

「ウワー、待って待って、君夏油君だよね!?」
「違います」
「違わないよね!?調べたもん!ほんとちょっと待ってって」
「……」
「お願い!怪しいものじゃないから!」
「…………」

いやどう考えたって無理があるだろ。と夏油が思ったのは至極当然のことだった。

そのまま走って逃げようかと思って、実際しばらく走っても見たのだが、どうもこの女──高遠は身体能力がそれなりに高いらしい。待って待ってと終いには泣きそうな声でしつこく追いかけられ、年上の女性をいじめているような格好になっている自分のことがちょっと嫌になって、夏油はとうとう足を止めた。とたんにぱあっと顔を輝かせた高遠にため息を吐き、あそこのベンチでいいですか、と人のいない公園を指さした。
 

**
 

「夏油君、コーラとお茶とどっちがいい?」
「……お茶で」
「ん。どうぞ」

近くの自販機から帰ってきた高遠から、差し出されたペットボトルを受け取る。開けた形跡はもちろんないし、警戒に値しないような相手だとは思うが、得体が知れない分用心して蓋は開けずにベンチの上に置いた。高遠は気にした様子もなく、カシュッと音を鳴らして缶を開けると、一口だけコーラを飲んだ。

「……で、何の用なんですか?」
「あー……」

あきらが言いにくそうに口を開いた。夏油の方をちらっと見て、それから前に向き直る。宙を眺めて、「夏油君昨日、君の学校の近くにある工場に行ったよね」と言った。
少し指が動く。昨日の放課後、図書室で時間を潰してから、学校近くの廃工場に行ったのは本当だった。そしてそこで──。

「……それが何か?」

内心の動揺を隠して返すと、高遠は眉尻を下げて「別に責めてるわけじゃなくてね」と言う。

「寧ろお礼言わないといけないというかなんというか。呪霊、祓ってくれたんでしょ」

あれ本当は私の仕事でさあ、とまだ言葉は続く。

「窓の報告信じるならあそこにいた呪霊は二級程度。それを祓った夏油君も少なくとも二級くらいの力はあるわけだ。となるとちょっと放って置くわけにもいかなくて」
「待ってください」
「うん?」
「呪霊って、これのことですか」

尋ねると同時、夏油は意識を集中した。
腹の下あたりに力を込める。頭が熱くなるような感覚がする。昨日取り込んだ化け物を自分の中に探し、闇から取り出す。自分でも曖昧な感覚の中、気づけば狙い通りの異形が、夏油の足下に割れた闇から這いだして、おとなしくこちらを窺っている。

「あ、うん。それそれ」

高遠はちょっとびっくりした様子で、けれど恐れることもなく、あっさり頷いて見せた。

「──てなると呪霊操術ってやつかぁ」

呪霊、というらしいそれを引っ込めると、夏油は傍らに置きっぱなしだったペットボトルを手に取った。いつの間にかのどが渇いていた。
高遠はその横に座ったまま、また夏油にはわからない単語を言っては天を仰いでいる。

「ご家族に夏油君と同じことができる人はいないんだよね?」
「はい。これを見ることもできません」
「なるほど。……大変だったね」
「……いえ」

あの異形──呪霊というものの存在を、共有できたのさえ高遠が初めてだ。もう夏油はこの奇妙な女を警戒してはいなかった。それどころかもっと話が聞きたい、物心ついてから今まで、自分が見てきたものがどういうものなのか、自分がしていることが何なのかを教えてほしいと、そう思っている。

「高遠さんも、これが見えるんですよね。そしておそらく倒せる」

さっき彼女は、呪霊を祓うことを自分の仕事だと言っていた。仕事ということはそれを課している組織がある。そしてそれがおそらく──

「呪術高専には、あなたのような人が他にもいるんですか」

少年の真剣な問いに、あきらが答える。

「たくさんはいないけど、まあそこそこね」

またコーラを一口。喉を潤してから、ちらりと夏油を見、改めて口を開いた。
 

「私は高遠あきら。呪術高専で呪術師として働いてる。昨日君がやってくれたように、呪霊を祓って人を助けたり……まあ時々、助けられなかったりするのが主な仕事内容。で、もしよかったらなんだけど──」
 

そこで一瞬間が空いた。夏油の真剣な表情に気付き、なぜか少し困ったような顔をした。
 

「──呪術高専に、来てみない?まずはまあ、見学から」
 

考える間も迷うこともなく、気づけばはいと頷いていた。