Skip to content

騙し打ち/五条

※学生時代

 

一つ下の学年に禪院家の人間が編入してくると聞いたときに五条が思ったのは、どんな生意気な奴が来るんだろうか、ということだった。

なんと言っても、五条家と禪院家は仲が悪い。
数百年前の当主同士がなんたらなんていうことは正直今の五条には関係ないし、こうして半ば無理矢理に高専に入って、夏油や家入と言った同年代と連むようになってからは血筋がどうこうと言う気も失せた。
それでもやっぱり、京都にいたころにごくたまに顔を合わせた禪院家の人間のことや、実家の大人が言う禪院家の人間像を思うと、悪印象はそれなりに残っている。
 

「五条家と禪院家って、仲悪いんだってね」
 

他に人のいない小さな教室。
自分の席に着きながら、担任から情報を得てきた張本人、夏油傑が苦笑気味に言った。親友の口から出てきた思わぬ言葉に、五条がぱちぱちと瞬きをする。

「なんで知ってんだよ」
「そりゃあ有名だし」
「ふーん?」

呪術師の家系の出身ではない夏油は、呪術界の常識に疎い……というのは一年ほど前までの話だ。人当たりのいい夏油に親切に情報を与える人間なんて呪術高専には山ほどいる。もしかすると今では、呪術界のことなんか意識して覚えるつもりがない五条よりも、多くの知識を得ているのかもしれない。

「あまり目の敵にするなよ。できる限り仲良くするように」
「向こうがそのつもりだったらな」

教師のような注意に間を空けず、ニヤッと笑って返してやる。
親友の呆れたようなため息を聞きながら、どうせならめちゃくちゃ生意気な奴が入ってこねぇかなと五条は思った。

 

**
 

「一年の禪院あきらです。初めまして」
 

五条の希望に反してというか、そこから一月もしないうちに編入してきたのはおとなしそうな女子だった。
名字は確かに禪院だし顔立ちも禪院でたまに見るような雰囲気で、血筋を疑う余地はない。けれど五条を見る目に敵意はないし、なんなら五条を見るなりにっこりと微笑んで、これからよろしくお願いしますと頭を下げたその態度は、他の誰に対してよりも丁寧だった。

おまけに。

「五条先輩」
「ん?なんだよ」
「買い物行ってきますけど、何か足りないものとかありますか?」
「……」

こうして自分からパシリを申し出てきたりするものだから、ここまで来るとちょっと気味が悪い。
最初は気分良くジュースを買ってこさせたり、夕食を任せたり洗濯(下着以外)をさせたりしていたのだが、それにも戸惑うようになってきていた。
夏油や家入に、年下の女子に、うわあ、みたいな目を向けられるのが気まずい、というのも理由のひとつではある。今だってちょうど寮の共有スペースでだらだらテレビを見ていたところだったから、同期二人は目配せしあいながらひそひそとなにやらこちらには聞こえない言葉を交わしている。

「……」
「特にないならいいんですが」

残りの先輩二人の様子をまったく気にせず、五条だけを見て小首を傾げるあきらに、五条は眉を顰めた。

「……オマエさあ」
「はい」
「…………」

今日こそは聞いてやろうと思ったものの、何と言えばいいのかわからず黙り込む。その横から、家入が口を挟んだ。

「あきらってさあ、なんで五条のパシリやってんの?」
「え?」
「別に後輩だからってそこまでしなくていいじゃん。ねえ」

同意を求めるように夏油を見る。夏油もひとつ頷いて、「悟は確かに乱暴だけど、年下の女の子を苛めるほどではないよ」と付け加えた。誰が乱暴だとこめかみに青筋を立てた五条をよそに、ご心配ありがとうございますとあきらが笑う。

「ですが好きでやっていることなので」
「……好きで?」

はい、と頷いて、愛想のいい、貼り付けたような笑顔を向けた。
先を促されているのに気づくと目を逸らし、しばらくどうしようか迷うような、言葉を選んでいるような間が空いた。
五条をチラリと見る。

「……五条先輩は五条家の次期当主じゃないですか」
「あぁ?」

結局言うことにしたらしい。なんだか唐突な切り出し方に怪訝そうな声が出る。
あきらはそのまま先を続けた。

「ご存じの通り、五条家と禪院家は犬猿の仲です。それはもうバッチバチの敵同士」
「らしいねぇ」
「はい。で、昔から敵の敵は味方って言うでしょう」
「……」
「別に今はいいんです。他人のわがままには慣れてます。私にできることならなんでもやりますし、夜に部屋に来いとかそういうことじゃなければ、好きに使っていただいて構いません」

そのかわり、と言葉を切ったあきらが笑みを深くした。
 

「いつか私が困る時が来たら、その時は少し手助けしてもらえないかな、と。具体的にはおそらく卒業後になりますけど」
「…………オマエ……」
 

ここで嫌だと突っぱねるには、五条はもうあきらを使いすぎている。

これではまるで騙し討ちだ。にこにこと機嫌よく笑うあきらにじっとりとした視線を向けながら、五条はふと、実家の大人から聞いた、あの家の人間は底意地の悪い者ばかりという言葉を思い出していた。