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ちょろい順平

※もしも
 

「順平」

呼ばれて振り返ると、あきらがいた。珍しくよそ行きの格好をしている。
今日は女子だけで出かけるのだと、女子三人が寮を出て行ったのは昼前のことだ。釘崎はたまには男に遠慮しないで羽根を伸ばさなきゃねと上機嫌で鼻歌まで歌っていて、それを聞いた順平がこの三人の誰がいつ男に遠慮したんだと思ったのは記憶に新しい。とまあそれは置いておいて。

あきらは右手を顔の前に出して、ぐっと印を結ぶ真似事をした。ちょうど順平がやるのと同じように。

「『澱月』」

式神の名前まで呼ばれて、何事かと目を瞬く。あきらは至って真剣な顔で、体の後ろに隠していた左手を、というか左手に持っていた何かを、素早く順平の顔に押しつけた。

「……は?」
「かわいいでしょ」

そう言われても現在進行形で顔の当たりにむにむにと柔らかいなにかを押しつけられている順平には、その全体像がわからない。せいぜい水色だな、くらいのものだ。あきらの手を掴み、引きはがしてようやく、それがクラゲのぬいぐるみだということに気づいた。

「売店で売ってて。つい買っちゃった」

どうやら女三人で水族館に行ってきたらしい。
あきらは展示がきれいだったこと、なんだか魚を食べたくなってきたことを楽しげに話した。羽根は充分伸ばせたようだ。
「手触りがいいんだよねえ」と、あきらは順平の手に渡ったクラゲのぬいぐるみを指でつんつんつつく。
取り返そうとはしてこない。順平はふと考える。

「……これ、おみやげ?」
「え?違うよ、自分用だよ」
「………………」

あっさり否定されてしまい、恥ずかしさで顔がじわじわと赤くなる。順平には澱月ちゃんがいるじゃん、もしかして欲しかった?などと無神経な追い打ちをかけられて、順平はあきらがどんなにねだろうとしばらく澱月を出したりはしないぞと思った。

「おみやげはこっち」

思ったが、はい、とあきらがイルカのキーホルダーを差し出してきたので、少し許した。