「……何してんですか」
二つ下の、かわいがっている後輩に青筋を立てられて、あきらは眉尻を下げて笑った。帳の降りた建物の中で突然私物を奪われたにも関わらず、まだ敬語を使ってくれているのだから、真希にはそれなりに慕われているようだ。嬉しいなあ、と場違いにもそう思う。
「あきらさん、ソレ、返してください」
真希が指すのはあきらが右手に持っている彼女の眼鏡だ。ただの眼鏡ではない。どこかの誰かの呪力が染みついたこれは、呪いを視る力をかけたものに与えてくれる。
真希は呪力を持たないから、今の彼女は本当に何も視えていないだろう。たとえば今、彼女の足下に忍び寄った呪いをあきらが祓ったことも、周囲に蠢き始めたあきらの術式のことにも、何も気づいていないはずだ。
それでいい、そうあって欲しかったから、あきらは彼女の目を奪った。
「真希ちゃん、ごめんね」
そう思ったことは本心だったから、あきらの声はしおらしい。苛立ちをぶつけようと開かれた口が、ぐっと閉じられる。
「……なんで」
「視られたくないの」
真希が唇をぎゅっと引き結んで、呪いを映さない澄んだ目であきらを見る。
その間にもあきらの術式は、大きく質量を増していた。
あきらには視える。闇より出でるあまりにも悍ましい蟲の大群が、あきらの一部として意のままに呪いを喰らうその光景を、当然のように視ている。建物の奥にあった大きな気配も、大して強くはないものだったから、このまま生きながら喰らい尽くすだろう。
他の術師たちがもしいたとすれば、きっと彼らにも視えているし、心中であきらを気味が悪いと罵るかもしれない。それは、遠い先祖から今に至るまで、あきらの血筋の人間が受け続けてきた呪いだ。御三家の一員たる真希なら、ひょっとして知っているかもしれないけれど。
もの言いたげにこちらを見る真希の瞳には、あきらしかきっと見えていない。
そのままでいてほしかった。先輩と慕ってくれるその心に、違うものが混ざることにあきらは耐えられない。
「……全部私のわがままなんだ。ごめんなさい」
泣きそうな声だったせいだろうか。優しい優しい後輩は、あきらを強く睨むばかりで、もう言い返してはこなかった。