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双子を置いていく

和服は大嫌いだったから、一枚だって持って行くつもりはなかった。
そのあたりに捨てていってもよかったけれど、下手に形を残したら、お下がりとして他の誰かに押しつけられる可能性がある。そんな嫌がらせに使われるのも癪だったから、あきらは数枚しかない着物を持って庭に出た。
燃やせばいいと思ったのだ。
きょろきょろ周りを窺うと、庭の隅に固めてあった落ち葉の山を見つけた。あきらはその上に、昨日まで袖を通していた質素な着物を数枚放った。
生憎マッチはないが、あきらにはそんなものよりもっと便利な自前の術式がある。
ぽう、と点った火はやがて大きく質量を増し、あきらの嫌いなものを少しずつ燃やしていってくれる。

たき火なんてするのは久しぶりなこともあって、あきらはなんだか楽しい気持ちになってきた。
その場にしゃがんで炎に手を翳す。適当な鼻歌まで歌っていたところに、砂利が踏みしめられる音を聞いた。

「あきら」

見た先には黒髪の、十くらいの少女がいる。二本の足をしっかりと地につけて、大きな目であきらを見ていた。
背中にはくうくうと寝息を立てているうり二つの少女をおぶっているが、辛そうな様子も疲れた様子もなかった。

あきらはちょっと目を見開いて、それからニッと笑いかけた。

「来たな、真希」

真希、それから真依は、あきらにとって妹のようなものだった。
といっても血は近くないし、顔だって性格だって似ていないけれど、禪院の価値基準で測ればそう変わりはない。
この家に伝わる術式を継いでいない、たったそれだけのことで、あきらたちはみんな同じ蔑みを受ける。

年下の二人の面倒をあきらはそれなりに見たし、仕事を変わってやったり、失敗をフォローすることもあったから、二人もそれなりにあきらのことを慕ってくれた。年端もいかない子供に対しての態度としては至極当然のそれも、この家、この立場の真希たちにとっては貴重なものだったようだ。

真依はさっきまであきらの腰にすがりついて、「行かないで」「ここにいて」と泣いていた。

困ったあきらが何を言おうとしても、ぶんぶんと首を横に振るだけだったから、額をツンとつついて眠らせた。二人の部屋の布団に寝かせてきたのを、無理矢理おぶってまで、真希はここにやってきた。

「あきら」
「なーに」

もう一度名前を呼ばれて、あきらは機嫌良く答えた。真希は大きな目でまっすぐにこちらを見ている。

「私と真依も連れて行け」

行くなでも、連れて行ってでもないことに、あきらはちょっと笑ってしまった。尊大な態度は実に真希らしい。同じ双子で、同じように育ったのに、よくこんなに違うものだ。

「笑うな」
「ごめんごめん」

むっとした様子の真希に謝って、あきらは二人に近づいた。
背中におぶわれている真依を見る。すうすうと安らかに眠る真依の頬には涙のあとがあって、あきらは殊更優しい手つきでそれを拭った。

「悪いけど、連れてけない」

あきらの返事に、責めるような顔つきでもするのかと思えば、真希はそうだろうなとでもいうように息を吐いた。
駄目もとで言ってみただけなのかもしれないし、言わずにはいられなかっただけなのかもしれない。
どちらにせよ真希は芯の強い子だった。どんな状況に陥ろうと、自分の足で歩いていける強さがある。真依という妹がいるせいもあるだろうか。

「真希」
「……なんだよ」

二人のことはかわいいけれど、だからといって連れてはいけない。
けれどそれでも、言葉くらいは残していける。

「出て行くまでは自分でやりな」
「……」

無言で自分を見つめる妹分に、いつもそうしていたように、明るく笑いかけてやる。

「その先は力になってあげる」

いつの間にか炎は消えていて、落ち葉の山も、大嫌いだった和服も全部まとめて、よくわからない黒い塊になっていた。
ほんの少しの荷物を持って、あきらはとってもいい気分で、塀を堂々と乗り越える。

この間こっそり買って隠していた服は、流行なのかどうかもわからないけれど、いつも着ていたものよりずっと着心地がいいし、着崩れを気にする必要もない。
安物のスニーカーだって、背負っているリュックだって、あきらには心地良いものばかりだ。

塀の外に降り立って、門出にふさわしい天気の中、あきらは大きく伸びをした。

「がんばるぞー!」

いずれ追いかけてくるに違いない妹分たちを、あの家の外でもまた、ちゃんと助けてやれるように。