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白くておっきい猫/五条?

出張続きでただでさえ疲れているというのに、久しぶりに訪れた高専は相変わらず田舎の、山の中にあって、坂道と階段がやたらと多い。おまけに広い。用があるのは学長一人なのに、わざわざこうして出向かないといけないのだから憎らしい。
ぶつぶつと文句を垂れつつ、鳥居を目指して階段を上るあきらは、ふと先を見上げてその毛玉を見つけた。

「……猫?」

白くて大きな猫だった。
毛が長くて、動く度にふわふわと揺れている。

あきらより十段くらい先にいる猫は、機嫌よくふさふさのしっぽを揺らして、のしのしてしてしと上の段に足を乗っけていく。
人間だったら鼻歌でも歌っていそうなくらい、楽しそうに見えた。

やたら大きかったので誰かの式神だろうかと疑ってみたが、呪力の気配は感じない。
あきらの目にはただの猫に映る。

――その毛並みが、あまりにも魅力的に見えたので。

「………………」

あきらは無言でひょいひょいと階段を上がり、猫に追いついて、こちらの存在に気づいたようにびくっとしたその体をあっという間に捕まえた。

「飼おう」

言い訳をするならば疲れていた。
癒しを欲していたのである。

まだびっくりしているのかやたらと大人しい猫を抱えなおして、あきらはやっとそいつが目のあたりに黒いヘアバンドみたいなものをつけていることに気づいた。
遊んでいるうちにどこかで引っかけたのだろうが、よくこの状態で暢気に歩いていたものだ。余程鈍い猫らしい。
どこかの誰かを思い出すなとごちながらそれを取ってやって、ポケットに突っ込む。

猫がきょとんとしたような目であきらを見つめてきた。その両目はよく晴れた空のように青く、あきらはまたどこかの最強を思い出した。

「……飼い猫じゃないよね?」

にゃあ、と猫が鳴くけれど、言葉はもちろんわからない。

いきなり抱き上げられたわりには大人しく自分の腕に収まる猫を、あきらは撫でながら先を急いだ。
毛並みがいい、人に慣れている。癒される。
本当に誰かの飼い猫なんじゃないかと思って少し不安にはなったが、まあこれから学長に会うのだし、そこで飼い主に心当たりがあるかを聞こうと決めた。

そうして目的の建物にたどり着き、指定された応接用の部屋へと猫を抱えたまま入る。
にゃあと何故か楽しげに鳴いた猫があきらの腕から飛び降りて、ふかふかのソファーの上にのすんと陣取った。あきらはちょっと笑って、自分もその横に座る。
約束の時間まではまだまだあるから、ちょっと休むかあと考えていると、猫がてしてしと膝の上に乗ってきた。

「お前、本当に人懐っこいね」
「にゃあ」
「ふふ」

見せられた腹を優しい手つきで撫で、ごろごろ喉を鳴らす猫を目を細めて見る。頭を撫でれば気持ちよさそうにすりすりと甘えてきた。
果たして眠くなってきたのは、猫がやたらと温かかったからか、リラックスしたからか。

「にゃ」

寝なよというように猫が鳴くので、ちょっとだけ、と思いながらあきらは目を閉じていた。
 

**
 

「あきらー、起きて」

知った声が聞こえる。肩を掴んで遠慮なく揺らされる。ううんと唸りながら開けた目にはとんでもなく整った顔が飛び込んできて、思わずひえっという悲鳴が小さく上がる。
声の主がなんなのさ、と不服そうにあきらを責めた。

「化け物でも見たような顔しちゃってさー」
「ご、五条」

同僚である。いつもよく付けている目隠しも、それなりの頻度で見るサングラスも今日はない。
本当に、顔だけはいいのだこの男は。寝起きに見るとびっくりするくらいには。
ごまかしつつ膝の上を見ると、猫がいない。幸せな重みと毛並みを提供してくれて、かつ今日からあきらの飼い猫になるかもしれなかった猫がいなかった。

「……どうかした?」

きょろきょろと部屋を見回しているあきらに、五条が不思議そうに問いかけた。

「いや……猫、見なかった?」
「猫?」
「白くておっきな」
「……ああ、最近よく見る白猫ね」

さっきここの部屋から出ていったよ、と五条が続けたので、あきらは大いに落胆した。

「うそー……」
「まあまた会えるんじゃない。それよりあきら、僕の目隠し返してよ」
「は?何のこと」
「ポケットからはみ出してるヤツ」

ん?と思ってポケットを見ると、猫の頭にひっかかっていたヘアバンドのようなものがある。五条のものみたいだと思っていたら本当に五条のものだったらしい。
猫と遊んでいる時に持って行かれたのだと五条が説明した。最強が猫ごときに持ち物を盗られるな、とあきらは思わず呆れた目で五条を見た。

「……はい」
「ありがと。……で、何でそんな凹んでるわけ」

飼うつもりでいたから、と問いかけに返すと、五条は数回瞬きをしてから、取り返した目隠しをきっちりと付けた。何故か乱れていた髪を手櫛で整えれば、いつもの五条悟の出来上がりだ。
そしてアハッと腹の立つ笑顔を浮かべて、「よかったじゃん」と続ける。

「……なんで」
「独身女性が猫を飼うと、婚期が遅れるっていうでしょ」

あきらは反射的に机の上に用意されていたお菓子を投げつけたが、無限で防がれた。何をしようと届かない。
怒り心頭のあきらをよそに、五条はまた会えるんじゃないのおと適当なことを言って笑っていた。
 

**
 

それ以降、高専に顔を出す度あきらは敷地内をそれとなく探しているのだが、あの白くて大きな毛玉には、今のところまだ巡り会えていない。