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五条に共犯にされる

上機嫌な学生時代の先輩兼上司から一枚の紙切れを渡された時、何故かあきらは悪寒がした。早くと促されるまま、かさりと軽い音を立て、折られた紙を開く。

「……バット。硬式用のボール、ユニフォーム……」
「明後日までに買ってきてほしいんだよね」

白い紙にはちょっと読みにくい五条の字で、野球の道具が書き連ねられている。なんだこれ、野球チームでも始める気か、とあきらは不思議に思った。
野球をやりたいのだとしても五条が声をかけて集まってくる人間がいるのだろうか。みんな一目散に逃げると思う、あきらだってそうする。
意図があまり呑み込めていない後輩に、五条は口の端を上げてフフフと笑った。あきらはまた悪寒がして、やっぱ風邪かと腕をさする。

「これはまだ夜蛾学長も知らないことなんだけど」
「聞きたくないなあ……」
「今度の交流会、なんと二日目は野球です」
「は?」
「だから道具が必要でさあ」
「えーっと……」

待ってくださいと手を翳し、眉間に皺を寄せたあきらが五条を止めた。

「交流会の種目は団体戦と個人戦ですよね?」
「毎年同じじゃつまらないでしょ」
「なんで野球?」
「平和でしょ。怪我人も多分出ないし、交流会っぽいし」
「学長が決めることなのになんで学長が知らないんですか?」
「なんでだと思う?」
「…………」

フッフッフ、と五条が顎に手を当てた。聞きたくないですとあきらは拒否した。

「巻き込まないでくれますか!!」
「混ぜてあげようと思って」
「余計なお世話なんですけど!?」

怒るあきらに向かってなんでそんなに怒ってんのと五条は不思議そうな顔をした。なんでとはこっちの台詞だ、巻き込まれてあきらに何の得があるのだ。
この企みがもし上手くいってしまったら、あきらは確実に夜蛾にすごい剣幕で怒られる。下手したら減給だ。目の前の五条なんて絶対ただでは済まないのに、好きにやりすぎて怒られるなんて学生の頃から何回も繰り返している過ちなのに、なぜ平然とこういうことをするのだろうか。

「あきらなら喜ぶと思ったのに」
「喜びません!!!」

ぶー、とふてくされた二十八にもなる男にあきらは思わず怒鳴った。「まあいいや」と軽く言われ、もしかしたら諦めてもらえるのかというあきらの希望を、しかし悪寒がまた否定する。

「手伝ってはもらうから」
「……」
「あきらにしか言ってないから、告げ口したらすぐわかるのでそのつもりで」
「…………勘弁してください。さっきからなんだか気分も悪くて、ほら巻き込むなら私じゃなくても伊地知とか」

可哀想な同期を差し出してまで藁に縋ったあきらに、無慈悲な微笑みが向けられる。
内面とは裏腹に、綺麗な笑顔だった。

「あきらさあ、僕と学長のどっちの方が怖いの?」
「…………」
「うん?言ってみな」
「………………………………五条さんです……」

怒ると怖いけど常識的な人間と、並外れて非常識な人間とだなんて比べるまでもない。
泣く泣く野球の用意に荷担することになったあきらの肩を、五条はいやあ持つべきものは素直な後輩だよね!さすが僕!!とあきらを褒めているのか自分を褒めているのかよくわからないことを言いながら叩いた。いっそ本当に泣けばよかったのかもしれない。