Skip to content

歌姫の友人※

※夢主が死んでいます

 

死んだあきらの夢を見た。

歌姫に背を向けて、上機嫌に前を歩く友人は、ついこの間失った腕も脚も元通りで、おまけに何故だか若返っている。高専の制服を着ていた。
もしやと思って自分の服を見るとどうやらこちらも高専の制服を着ていて、まさかと思って顔に手を当てれば、傷さえなくなっていた。

あきらが肩越しにこちらを振り返り、いたずらっぽく笑う。

「びっくりした?」

桜が散っている。
どうやら季節は春らしい。
ひらひらと踊るように、かすかな空気の流れに煽られて、薄桃色の花びらが散っていく。
後は地面に落ちて汚れるだけなのに、どうしてこんなにも美しいのだろうと、歌姫は思う。

「……してるわよ」
「懐かしいでしょ」

得意げに言ってみせるあきらに、歌姫は眉間に皺を寄せた。傷一つないあきらの顔から目を逸らし、当たり前でしょと返す。

「何しに来たのよ」

あきらはふふふと笑って、「心残りがあって」と言った。
振り返るのをやめて前を、というより少し下を向いているようだった。一歩、二歩とゆっくり足を踏み出している。

「心残り?」
「うん」

あきらが死んだのはついこの間のことだった。
いつも通り仕事に出かけて、物言わぬ体で帰ってきたあきらを、歌姫は言葉もなく出迎えた。冷たい寝台に寝かされているそれに生きているときの面影はほとんどなく、十年来の友人が死んだというのに、涙さえ流すことはできなかった。ただ一言呟いて、唇を噛みしめた。

「このバカ」
「ええ」

奇しくも同じ言葉を夢の中でもかけている。突然罵られてびっくりしたあきらが、目を丸くして歌姫を見た。

「……バカなこと言ってないで、さっさと行きなさいよ」
「ひどくない?もっと惜しんでくれてもよくない?」
「惜しんだって戻ってこないじゃない」
「そうだけどさあ」

もっとこう、とあきらが不満げに手を曖昧に動かした。何を表現したかったのか自分でもわからなかったらしい、すぐに手を下ろして、ぶすっとした顔で歌姫を見る。
また歩き出した。一歩、また一歩と、離れていくのが嫌で、歌姫も後を追いかけて歩く。
あきらは相変わらずの様子で、ぽつぽつと言葉を続けた。

「向こうってどんなところなんだろう」
「知るか」
「やっぱしんどいのかなあ」
「なんでよ」
「え」
「地獄じゃあるまいし」

あきらが黙った。訝しげな歌姫の視線を感じたのか、

「天国、行けると思う?」

少しの間の後にあきらが尋ねる。
少なくとも地獄はないでしょと歌姫は呆れたように答えた。

「なんで?」
「知らないわよ、そう思っただけ」
「……そう。そっか」
「だからちんたらしてないでさっさと行って、挨拶したい人に挨拶して、ちょっとゆっくりして、それで……」
「それで?」
「……また生まれてきなさい」

あきらが体ごと振り返った。
泣きそうな顔をしていたように見えたが、同時に吹き上げた強い風のせいで歌姫は目を閉じてしまったから、確証は持てない。

「じゃあ歌姫の子供として生まれてくる!」
「……それは嫌よ」
「だから早く結婚してね!」
「うるさい!!」

あっはっは!!とあきらは生きていたときと寸分変わらない、明るい笑いを響かせる。散る桜の儚さや危うさなんて、真っ向から撥ねつけてしまいそうな声だった。
元よりあきらという女は、桜なんてちっとも似合わない人間だったのだ。
 

「――じゃあまた。歌姫」
 

目を覚まして時計を見ると、深夜の三時を回ったところだった。ごろりと寝床に転がりなおし、歌姫はなんとなく己の顔に指を這わせる。ここは夢の中ではないから、傷はしっかりとあるべき場所にある。あきらは死んだっきり戻ってこない。

「……バカね、ほんと」

今の夢がなんだったのかはわからなかった。
けれどそういえば、今年は久々に花見にでも行くかあと、あきらと約束していたことを、歌姫は今更思い出していた。