※学生時代
少し先は闇だった。手持ちの懐中電灯で先を照らしてみても、山の中なんだから見えるのは木の枝ばかりだ。月がないせいで自然の明かりも期待できない。
そんな中でも前を歩く男の足取りは軽快で、それがまた腹立たしい。
夜の山なんて大嫌いだ、とあきらは悪態を吐く。
「待ってよ」
このままでは追いつけない、と思ったあきらがとうとう観念して弱音を吐いた。
白い髪がわずかな光を反射するせいで、五条はこんな闇の中でも目立つ。あきらとは違い、ありきたりに闇に溶け込むのを拒んでいるみたいだった。
ポケットに手を入れた、懐中電灯もいらない男があきらを振り向く。
「置いていかないで」
「あ、それ悪くねーな」
ハハッ、と楽しそうに笑って五条が戻ってくる。あきらは言葉選びを後悔して奥歯を噛みしめた。
二人きりの実習である。
帳もいらないほどの山の中に、真夜中でないとダメだと言われたから真夜中に分け入って、呪霊の潜んでいるという廃墟を目指していた。
道が合っているのかもあきらにはわからないが、五条が迷いなく進むのだから、きっと合っているのだろう。
憮然としたあきらの表情を面白がって、五条が人差し指を頬めがけて突きだしてくる。避けるとチェッと不満げに口を尖らせたので、努めて無視した。
「もうちょっと、ゆっくり行こう」
「このペースだと終わんの遅くなるけど」
「……あんたのペースだとついてけない」
「そんなに見えねぇ?」
コテンと五条が首を傾げる。あきらは懐中電灯を投げつけそうになった。ぐっと感情を抑えて、当たり前でしょ、と不機嫌な声で返す。
「月もないんだよ。あんたと違ってこっちはしっかり地面照らさないとすぐこける」
ほら、と地を縫うように出ている木の根を照らす。
へー、と五条が言った。
「じゃあさ」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
右手にしっかり握りしめていたはずの懐中電灯が消えている。カチッと音がなった瞬間、辺りが闇に包まれて、あきらの体が強張った。
「こうすればよくね?」
手を暖かいものが掴んでくる。それは覚えのある感触で、あきらは五条の顔があるだろうあたりを睨みつける。
振り払いたいが、振り払えばよすがにできるものがない。
「……返して」
「無理」
いつかの恩もあるしな、と笑った五条はあきらの手を引いて歩き出した。前にあきらがそうしたように、危ない箇所については丁寧な忠告をその都度くれる。
歩む速度は上がるどころか、当然それまでより落ちているように思えたから、抗議するつもりであきらは口を開いた。
「……五条」
「んー?」
闇に目が慣れ始めて、さっきまで見えなかった五条の輪郭がなんとなくわかるようになっている。
何だよ、と楽しげに振り返った五条の瞳が、星明かりを反射して青く光った。
「…………なんでもない」
綺麗だと一瞬でも思ってしまったのが悔しくて、手を引かれながら、あきらは唸った。