冥から電話があった。
彼女はあきらの同期だし、個人的に仕事を受けることも少なくはないから、電話が来ること自体は珍しくはない。けれどその第一声が、『頼みがあるんだ』だったことに、あきらは少し驚いた。
受けた依頼は数あれど、そんな単語を冥の口から聞いたのは学生の時以来だ。
あまりに珍しかったので、あきらは憎まれ口を聞くのも忘れて、普段よりも素直になによ、と尋ねた。
『この間の依頼の報酬なんだが』
冥の言葉で、そういえばそんなものがあったなと思い出した。まだ貰ってなかったっけと応える。
『月末の約束だったろう』
「そうだったそうだった。で、それが何」
『来週まで待ってくれないか』
「……はあ?」
あきらは片方の眉を吊り上げて、不可解そうな表情を作った。
当然見ている相手などどこにもいないが、声音で充分伝わるだろう。
それにしてもおかしなことが続くものだ。
冥は金にうるさいが、だからこそ出し渋るようなことをするような人間ではない。報酬は正当に受け取るし、正当に支払う、そこに関しては潔癖とも言えるほど徹底している。
また、そもそも払う金がないという一般的な理由も考え難かった。あの冥がそんな事態に陥るなんて、それこそ死んでもありえない。
だがこうしてわざわざ電話をかけてきたからには、何か事情があるらしい。
あきらはなんでよと訊いた。
『二、三日前に結構な額の報酬が入ってね』
「じゃあ問題ないじゃない」
『残高が大台に乗ったんだ』
「…………」
よくわからない説明を受け、あきらが眉間に皺を寄せて沈黙する。冥は続けた。
『できればこの状態を維持したい。来週また余所からまとまった振り込みがあるから、支払いはそこから出したい』
要するに。
冥の言う大台がどの程度なのかはわからないが、その金額を一瞬でも切ってしまうのが嫌なのだという。
どうせ来週、また元に戻るのにだ。
あきらが呆れて黙っていると、わからないかなあこの気持ち、と冥は残念そうに息を吐く。
溜息を吐きたいのはあきらの方である。
だが。
「……構わないけど、貸し一だからね」
友人の望みを曲げて支払いを要求するほど、あきらは金に困っていない。
『ふふ。ああ、今度酒でも奢るとも』
貯金が趣味の変わった同期は、柔らかい口調でありがとうと言い、食事の日取りを決めてから電話を切った。