二十五を過ぎてから、親戚連中に行き遅れと囁かれることは増えたが、代わりに縁談が来ることがなくなった。あきらの家の人間はこの現代日本にあって未だに女の一番の価値は若さだと思っているし、その若さというものをとても限られた時間に設定しているから、あきらなどはもう外に出せるものではないのだろう。
金銭的にも精神的にも、特に結婚の必要性を感じないあきらにとってそれは紛れもなく解放だった。
舞い込む縁談を悉くぶち壊してきた甲斐があったというものだ。
――あったというものだと、思っていたのに。
「み、見合い?今更?」
数年ぶりにかかってきた親からの電話を受けると、相変わらず高圧的な声で父は見合いをするようにと命じた。あきらの都合など聞きもしない。こちらが恥ずかしくなるような真似だけはするなと厳しく言われ、あきらはなんで私が?と当然の疑問を発する。
『――私の知ったことか。先方がお前をご希望なのだ』
父親の声は苦々しかった。
どうせならもっと他の娘を、おそらくいくつか下の妹を充てがいたいと思っているのが丸わかりだ。
よっぽどいい縁談なのだろう。話を聞き流しながら心当たりを考えるが、思い当たることはない。
「で、相手は?」
話を遮って問い掛ける。
苛立ちを堪えるような気配の沈黙の後、すぐ告げられた趣味の悪い先方の名前に、あきらはこっそりと息を吐いた。
五条悟。
呪術師として働くあきらの同僚でもあるし、高専で同じ時を過ごした同期でもある。
あきらたちは同じ歳だが、五条は男だから、あきらのように年をとったところで結婚についての周囲からの圧は変わらない。五条なんていう大層な家の、しかもあの五条悟なのだから、きっと老人になったところで見合いの話はあるだろう。
持ち前の我の強さを発揮してできるだけ逃げているとは聞いていたが、いい加減嫌気がさして、あきらを道連れにしたに違いなかった。
いつもの悪ふざけの一種だと予想は簡単につく。
「はー、よかったよかった」
なら、あきらが気を張る必要は、これっぽっちもない。
多少窮屈な席ではあるが、どうせ断りがくることになるのだから、気楽なものだ。
近くのソファーに携帯を放り投げて、あきらは大きく伸びをした。
**
あっという間に見合いの日はやってきた。
わざわざ上京してきた母親に美容院に連れて行かれ、髪を緩く巻かれ顔に丁寧な化粧を施された。
そうしてみればなかなか見られる自分が出来上がり、あきらはへーと感心したような声を出す。
側にいた母が鋭くあきらを見据えると、「みっともないことだけはしないように」と念を押してくる。よっぽど信用されていない。
はいはいとあきらは適当な返事をし、見合いの場として指定された料亭に向かうべく席を立った。
「お二人とも既にお知り合いではありますが。こちらが五条悟さん、そしてこちらが高遠あきらさんです」
そこで見た五条は今まで見たこともないくらいの、かっちりした格好をしていた。
いつも着ているだぼっとした上着はなく、かわりにサイズの合ったスーツを着ている。多分オーダーメイドだろう。目隠しのかわりにたまにつけているサングラスをかけて、あきらと目が合うとニッと笑う。その顔だけがあきらの知っている通りの五条だった。
「では、我々はこれで」
形式的な挨拶を終えると、あきらの母と五条の付き添いの男性が早々に席を立つ。え、と二人を見上げたあきらが首を傾げると、知らぬ仲でもないのですから後はお任せしますと男性が朗らかに笑った。
母はあきらには目もくれず、五条にどうぞよろしくお願いいたしますと頭を下げる。去り際にまた視線で粗相をするなと命じてきて思わず顔を歪ませると、正面に座る男がくつくつとのどの奥で笑いだした。堪える気もないようだ。
「……何よ」
「いや、あきらも母親には弱いんだなと思って」
「言うこと聞かないとうるさいってだけ」
「それを弱いって言うんでしょ」
はーおもしろ、と言いながら五条が足を崩した。あきらも続いて楽な姿勢を取る。
これだけで普段の雰囲気に戻るのだから、やっぱり見合いなんてちゃんちゃらおかしい。
しばらく最近の仕事のことや、五条の生徒自慢なんかを聞いているうちに料理が運ばれてきた。
並んだ料理をそれぞれ、マナーなんて何も気にしないやり方でつつきながら、あきらがそうだ、と口を開く。
「五条」
「うん?」
箸の先をくわえたまま、五条が小首を傾げた。あざといなと思いながらあきらが言葉を続ける。
「なるべく角が立たないように断ってよ」
これは言っておかないとと思っていたのだ。
見合いに引っ張り出されるまでは笑って流してやるけれど、その先は承服できない。
さっきも言った通り、変なこと言われると実家がうるさくなるから、と嫌そうな顔をすると、五条がえ?と更に首を傾げた。
「なんで?」
「は?」
心底不思議そうに大きな目を瞬かせて、五条が薄い唇を開く。
「僕、別に断るつもりないけど」
「はあ!?」
思わず大きな声が出る。今何を言ったのだ。
眉間に皺を寄せて睨みつけると、本日の見合いの相手は事も無げに続けた。
「今回のこと、僕の希望だって聞いてない?」
「は、ま、まあ聞いたけど」
でもそれはその、知った人間の方が断りやすいからで、いつもの悪ふざけが、とかなんとか、しどろもどろのあきらがもごもご言っている。
五条はそんなあきらをしばらく興味深げに見つめて、それからやっと状況を理解したという顔で、声を上げて笑い出した。