伏黒恵にとって高遠あきらは、呪術高専の二つ上の先輩である。
何もないところで転けているのを何回か見かけた。体術については、得意ではないらしいと二年の先輩に聞いたことがあった。
加えて昔よく見たような、柔らかな笑顔をいつも浮かべていて、この人は呪術師としてやっていけているのかというような、失礼なことを考えたこともある。
要するに、頼りない人、という印象を、一方的に抱いていたのだ。
珍しい実習の日だった。
通常の同学年でやっているものとは違い、学年を跨いで、いつもよりは手強い実習を行うことになっていた。
伏黒の相手があきらに決まったとき、彼女は伏黒君だよねよろしくねとこちらの気が抜けるような顔で笑いかけてきて、日頃抱いていた大丈夫だろうかという気持ちを一層強くした。
現場に着き、帳が下ろされてからも、つまづいて転びかけたあきらの肩を掴んで助けるようなことがあった。あきらは恥ずかしそうに、だめだねありがとうねと大げさに謝って見せた。
「伏黒君!」
呪いが襲ってきたのは、その直後である。
咄嗟に式神を出したものの諸共吹っ飛ばされ、おそらく数分、意識が飛んだ。
少し崩れた壁際で目を覚ますと、まるで庇うように、自分の前に立つあきらがいる。その向こうには呪いもだ。
弾かれたように立ち上がろうとして、あきらにだめだよ、と制止された。
「先輩、あれは……」
「駄目だよ、伏黒くん、今頭打ったから。動いちゃ駄目」
駄目なのはそっちだ、と言いたくて唇を噛んだ。あきらが今対峙している呪いは、おそらく一級に相当する呪いだ。
あきらが何級の術師なのかは知らなかったが、一人で対処できるものではないだろう。
今逆らっても、後で謝ればいいと思って、立ち上がりかけたその時だった。
「巻き込んじゃうから、下がっててね」
あきらは案外落ち着いた声で言って、静かに印を組んだ。
「呪術師ってのは、体術か呪術か、どっちかできればいいんだよ」
高遠先輩ってどんな人なんですか、と尋ねたところ、一つ上の先輩である禪院真希は言った。
遠くにはあきらがよろけながらバケツに入った水を運んでいる様子が見える。何が目的かはわからないが、とにかく危なっかしい。
「……少し、思い違いをしてました」
「はっ。体術も呪術もできねー人間が、三年もここでやってけるわけねーだろ」
「そうですよね」
話している少しのうちに、あきらがとうとう転けた。
辺りをキョロキョロと見回して、こっちが一部始終を見ていたことに気づいたらしい。顔を少し赤くして、ごまかすようにえへへと笑っているその顔は、やっぱりすごい先輩には見えなかった。