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父親にそっくり/伏黒

※中学時代
 

「車、ちょっと遠くに停めちゃったんスよねー」

新田と名乗った補助監督が、口を尖らせながら伏黒の前を歩いている。
申し訳なさそうにこっちを見たのでとりあえず会釈をしてみた。
呪術高専なんてものがあるくらいだし、未成年の術師は珍しくもなんともないはずだが、流石に義務教育中の年齢ともなると気は遣うらしい。補助監督は大抵気遣うような丁寧な素振りを見せる。それに加えて本人が陽気な性格なのだろう、新田の口数は以前同行した補助監督よりも多かった。
伏黒くんはしっかりしてるって聞いてるから安心できるっスと持ち上げるようなことを言って、上機嫌に笑っている。

「さっき資料見て貰ったッスけど、今日はとある心霊スポットで見回りのお仕事っス。とはいえ呪霊がいるのは確定なんで、戦闘はあると思ってください」
「はい」
「なんでちゃんと同行者もいて……あ、一級の人なんで、その辺は安心してください。ちょっと気難しいッスけど……」

駐車場が見えてきた。見慣れた形の黒塗りの自動車が目に入ったと思うと、あの人ッスと新田が指をさした。確かに車の側には一人、黒い服を着た女性が突っ立っている。
こっちには気づいていないようで、煙草を口にくわえ、すぐそばの塀の向こうにある木にぼんやりと視線を向けていた。

「高遠さーん!お待たせしました!」

新田が呼びかけるとやっとこちらを向いた。
車までたどり着いたところで、新田が伏黒を見ながら、「一級術師の高遠あきらさんっス」と手短に紹介する。
伏黒が軽く頭を下げ、顔を上げると、どうしてかぽかんと口を開けた初対面の女性の顔が目に入った。

「? どうかしたんスか?」
「………………」

不思議そうに首を傾げる新田には見向きもしない。高遠あきらというらしい女性は、ただ目を見開いて、伏黒の顔を見つめている。ぽろり、とくわえていた煙草が落ちた。

「へ!?」

その上よろめいて、伏黒から逃げるように後退り、バンと音を立てて車にぶつかる。

「き、気分でも悪いんスか!?」
「……ぜ」
「ぜ!?」
「禪院先輩……」

慌てた新田の言葉をやっぱりスルーして、若干さっきより顔色を悪くしながら、高遠あきらはやっとのことで口を開いた。
 

**
 

「……狼狽えて悪かった」
「……いえ」

とても気まずそうな顔をしながら、あきらが謝罪の言葉を述べた。
車の後部座席に並んで座るのは確かに気まずい。運転を担う新田もさっきからちらちらと後ろの様子をミラー越しに窺っている。

あきらは伏黒の父親の知り合いだったらしい。

あまりにも自分の知っている姿そのままだったから取り乱してしまったと、あきらはこれまた言いにくそうに言った。
伏黒としては、自分を売って女と出て行ったろくでなしの父親に似ていると言われ、どんな反応をしていいかよくわからない。ただやっぱり、いい気持ちにはなれなかった。

「その、あの人、今は……」
「知りません。俺が小一の時に出て行きました」
「……」
「多分生きてはいると思います」
「…………そっか。なんかごめん」
「いえ」

もう関係ないですからと伏黒はなるべく平静を装って言った。それが逆に不自然で、あきらがなんとも言えない顔をする。

「……お母さんと暮らしてるの」
「姉と二人です」

立ち入ったことを打ち明ける間柄でもないが、特に話して困ることでもないので、伏黒は素直に答えた。あきらの眉間に皺が寄る。

「どうやって」
「高専の援助を受けてます。五条さ……五条先生が、禪院家と話をつけてくれたので」
「……ああ」

そこで会話がしばらく途切れた。

あきらは考え込むような表情をしていて、伏黒は別に話すことがない。窓の外を流れていく景色を眺め、溜息とも言えないくらい小さく息を吐いた。
新田は相変わらずこちらの様子が気になる様子だったが、それでも口を挟むつもりはないらしい。

結局到着ッスと言って車が止まるまで、あきらは口を開かなかった。

車を下り、新田が帳を下ろすのを待って、二人は目的の廃墟へと歩き出す。

「ねえ」

ずっと黙ったままだったあきらが、不意に切り出した。

「何ですか」
「禪、」
「……伏黒です」
「……伏黒くん。ごめん」
「構いません」

特にその名字に遺恨はない。何故か懐かしそうな顔を、あきらは一瞬だけした。

「何か困ったことがあったら、力になるから相談して」

続いた言葉を聞いて、伏黒はは、と声を上げた。横を歩く、何を考えているのかわからない年上の女性を見る。
あきらは伏黒を見ることもせず、ただ前を見て歩いている。

「高専の援助があるにしろ、いざというときの助けは多い方がいい」
「……やってもらう理由がないでしょ」
「いや、まあ……あの人には世話に」

あきらが目を泳がせた。しばらく沈黙してから、一度閉じた口をまた開く。

「…………なっては……ないけど、縁はあるから」

あと恩も少しあるのだとあきらは続けた。
どちらにしろ、伏黒にとっては関係のない話だ。

「要りません」
「うん。まあ覚えといて」

突っぱねた伏黒に苦笑いを返して、あきらはポケットに手を突っ込む。何かから庇うように前に立たれたことで、伏黒は今の状況をやっと思い出した。

「来たよ」
「わかってます」

伏黒は手を構える。生意気な言い草にもあきらは怒らず苦笑するばかりだ。その態度だって全部、あのろくでなしの父親のせいなのだろう。
いつの間にか込み上げた苛立ちと呪力は、やがて伏黒の意思に応えて、見慣れた犬の形を成した。