※学生時代
手に本屋の袋を提げたあきらが、上機嫌で談話室の近くを通りかかった。
「あきら、こっちこい」
それを目敏く見つけては、五条があきらを呼びつける。偉そうにローテーブルに長い足を乗っけている一つ上の先輩を見て、あきらはええ、と嫌そうな顔をしたが、七海が思うにそういう態度がそもそも絡まれる原因なのだ。
同じように近くに座らされている七海も、人のことは言えないが。
「えぇ?じゃねーよ、早く」
「なんですかぁ……」
「なに買ってきたのかと思って」
嫌そうに近づいてきたあきらの手から、五条はひょいと袋を取り上げた。返して!と慌てるあきらを他所に、袋から中身を取り出している。
「なにこれ」
少女漫画だった。
この間ドラマになっていたものだ。
五条はペラペラ中身をめくっては、へーだのふーんだの言っている。「こんなん読むのお前」とバカにしたように笑われて、あきらがむっとした表情を浮かべた。
「面白いんですよ!」
「こんなチャラチャラしたやつが?」
「してません」
「チャラチャラしてるじゃん。男もなよっちいし」
「なよっちくないですカッコイイです」
「はぁ?」
だんだん雲行きが怪しくなっていく。
近くに座って我関せずと携帯をいじっているもう一人の先輩を見れば、七海の視線に気づいてにこりと笑いかけてきた。止める気は特にないらしい。
「こんな男オマエよりも弱いだろ」
「男は強さだけじゃないんですよ。強さしかない五条先輩にはわからないでしょうけど」
「フッ」
「あ!?」
夏油が小さく吹き出した。バッと視線を向けてきた親友に「悪い。ネットの記事が面白くて」と言い訳をしている。五条は疑うことなく視線を後輩に戻した。
水を差されたものの、あきらは何かのスイッチが入っているようで、止まる様子がない。
「……いいですか、とにかく、大事なのは相手を思いやる心ですよ。五条先輩はそれが欠けてるから0点」
「れいてん?」
「どーせ五条先輩なんか顔で女の子引っ掛けてもすぐ振られますよ。キスとかもぜーったい独りよがりの下手くそなんっ、」
「あきら」
不機嫌さを無理やり削ぎ落としたような声だった。
五条が立ち上がる。自然見下ろされることになったあきらが、言い過ぎを悟ってひえ、と小さく呟いた。
こちらからは見えにくいが、きっと五条は笑っているのだろう。
「……夏油先輩、止めないんですか」
必死に笑いをこらえている夏油に話し掛けると、「あきらも悪いからね」と楽しげに返してくる。あきらがそれを聞き咎めて、夏油せんぱいぃと情けない声を出した。
「誰が強さだけで女にすぐ振られてキス下手だって?」
「へ、へへ……」
苦笑いを返しながらあきらがちらちらと七海を見た。助けを求められている。
「まー俺が強いのは事実だし女はどうかわかんないけど」
「そうですよね、はは」
「キスくらいなら今でも試せるよなぁ?」
「へ?」
ガシッ、と五条があきらの顎を掴んだ。あきらの顔が恐怖に染まり、とうとう七海ー!と大きな声で助けを呼ぶ。「こういう時に他の男の名前呼ぶなよな」と、それこそ少女漫画に出てきかねないセリフを五条は言った。
「……ハァ」
「あれ、助けるのかい」
「さすがにやり過ぎでしょうから」
仕方なく立ち上がった七海を、あきらは五条を押し返しながら、救世主を見るような目で見た。
「なんていうか、皆不器用だねえ」
加勢に向かう背中を夏油が笑う。その言葉の意味なんて、今は考えたくもない。