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賭け/五条と冥冥

一週間をかけた出張を終え、あきらはようやく自宅へとたどり着いた。どさっと音を立てて荷物をソファーの上に置いたところで、ポケットの中に入れていた携帯が震える。画面には五条悟と、見慣れた名前があり、あきらは無言でローテーブルの上に携帯を置いた。
ゆったりとした動作で冷蔵庫に向かい、常備してあるミネラルウォーターを開けて、グラスに注ぐ。時間をかけてぐっと飲み干し、ソファーまで戻ってきたというのに、まだ携帯は震えていた。

「………………はい、もしもし」

億劫だという本音は口調には出さず、全く平常通りの声色で、あきらは電話の向こうに話しかける。

「すみません。少し急いでいたもので。え?ええ、今出張から帰ってきたばかりなんですよ。は?飲みにですか?」

あきらは部屋の中を見回した。本棚に出張前に買って置きっぱなしになっていた本を見つけ、電話の向こうに向き直る。

「……せっかくですが、やめておきます。はい、ちょっと急ぎの用があるもので」

本を読んでいつもの生活にメンタルを戻すというのは、あきらにとっては面倒な先輩の用事を断るに足る用である。案外食い下がらずに電話を切ってくれたことにほっと息を吐きながら、あきらは携帯をテーブルの上に置いた。
そして荷を解こうと手を伸ばしたところで、また携帯が震える。

「…………」

まだ何かあるのか、と思いながら目を向けた先には冥冥と表示された液晶があり、あきらは驚くべき反応速度で携帯を手に取った。即座に「高遠です」と名乗る。声色だけがさっきと同じだった。

「お久しぶりです冥さん。どうされたんですか?はい。え、高専に。ええ」

しばらく向こうからの声に聞き入り、あきらは程なくして「行きます」と口に出した。

「いえ、本を読もうかなと思っていたくらいで、特に用もなかったので。渋谷ですね、わかりました」

じゃあ後で、と最後に言って、あきらは電話を切った。
読書も片づけも後回しだ。ちょっとほこりっぽい気がするから服を着替えよう、あ、化粧直し、と待ち合わせまでにやるべきことはたくさんある。

 

待ち合わせ先で出会した五条にオマエさあと呆れられ、あきらはしれっと「急に暇になりまして」と答えた。二人きりではなかったのが少し残念だったが、今日は五条くんの奢りだよ、と笑った人がとても美しかったので、まあいいやとあきらは思った。