共用スペースのローテーブルに、あきらがドーナツでてんこもりの皿を置いた。テレビから目を外し、家入が「何それ」と問いかける。
「食べていいですよ」
「いい。甘そうだし」
「そうですか」
答えながら、あきらがソファーにすとんと座る。右手でちゃっと印を組むと、口の中でなにやら唱えた。途端に薄膜のようなものが現れて、何かの蓋のように皿の周りを覆う。
それを見てよし、と小さく頷くと、あきらは手を伸ばしてドーナツを一つ取った。もぐもぐと頬張っている。
「で、何?」
「実験です」
「実験?」
はい、と頷いたところに、ドタバタと大きな足音が聞こえた。五条だ。実習の帰りらしく煤けた制服姿で、不機嫌そうにこちらに向かってくる。
テーブルの上にドーナツがあるのに目敏く気づくと、少し表情が明るくなった。
「お疲れ〜」
「おう。これ誰の?」
「あきらの」
「ふうん。じゃあ一個もら……」
許可もとらずに大きな手を伸ばす。
ばちん。
その手が直前で弾かれたように、家入には見えた。
「は!?」
目を丸くした五条がもう一度と手を伸ばしても、やはりさっきあきらが施した薄膜に遮られて届かない。「今、実験中なんですよ」とあきらがしれっと言いながら、ドーナツに手を伸ばす。あきらの手は拒絶されることなく、目的を達している。
「実験だぁ?」
「はい。結界の対象を絞れないかと思いまして」
「へえ」
家入が面白そうに体を起こした。「あきら以外取れないの?」と尋ねる。それでさっき自分に勧めたのだろうか。もぐもぐと二つ目のドーナツを半分ほど食べたあきらが、首を横に振ってにっこり笑った。
「硝子さんは取れますよ」
「あ、ほんとだ」
試しに突き出してみた指先は、抵抗なく薄膜を突き抜けた。ますます怪訝そうな顔をした五条が、じゃあ対象ってなんなんだよと疑問を口にする。
「五条先輩です」
「………………あ゛?」
「五条先輩だけ、弾きます」
「………………」
「よく勝手におやつを取られるので、考えました」
にこにこと満足げに笑うあきらとは対照的に、五条の顔がひきつっている。折角だからと一個取ってみたドーナツにかじり付きながら、家入は二人を見た。
「……上等。絶対破ってやる」
「構いませんけど、テーブル壊さない程度にしないと夜蛾先生に怒られますよ」
「あきら……」
「ちゃんとお願いされたら代わりにとってあげなくもないです」
幸いドーナツはそんなに甘くない。今にも喧嘩が始まりそうな二人をよそに、もう一個、と家入は手を伸ばした。