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眠らせる狗巻

迷惑だろうがなんだろうが、背に腹は代えられない。
もうじき日が変わろうかという時刻に、あきらは何度かマンガを返しに来たことのある同級生の部屋のドアを叩いていた。深夜だし高専の寮には元々人が少ないしで、音は思ったよりよく響く。
少し待つと、カチャ、と控えめな音を立てて、扉が開いた。

「頼みがあるの」
「……」

狗巻は大きな目でじっとあきらを見つめ、少し考えてから無言で体を引いた。入ってもいいらしい。
普段よりもゆるっとした格好をしていたので、きっともう寝るところだったのだろう。悪かったな、と思ったが、あきらも切羽詰まっているのだから仕方ない。
ローテーブルの前に狗巻が胡座をかいた。向かい合うようにして、あきらも腰を下ろす。

「夜中にごめん。でもどうしても頼みたいことがあって」

返る言葉がないのはいつものことだったから、特に気にはしない。
あきらはここ一週間ほどろくに寝れていないこと、睡眠薬が体質に合わなくて飲むと気分が悪くなること、正直もう体力の限界であることをぽつぽつと話した。

「……元々不眠症気味で。最近はマシになってたんだけど」

この間の実習がちょっと、堪えてるみたい。

暗い声であきらが言った。
昔から呪いに接していたって、なにもかもが平気なわけではないし、あきらたちはまだまだ不安定な年頃だからそういうこともある。

「……眠らせてくれないかな」

と最後に言って、縋るように狗巻を見た。呪言を使ってくれと言われていることに気づいたのか、狗巻は少しだけ目を見開いた。
できないことではないはずだ。前に京都校の生徒を一人、そうやって眠らせたときいている。
あきらをまじまじと見た後、狗巻が応えた。

「…………しゃけ」

それが肯定の意味を持っていることを知っていたから、ありがとうと少し明るくなった声で喜んだ。これでやっと寝られる、と思ったところで、ごそごそと移動している狗巻に気づく。

「明太子」
「え?」

狗巻が自分のベッドの布団を持ち上げて、あきらを手招きしていた。
入れと言われているようだ。

「しゃけしゃけ」

リズムよくぽんぽんと布団を叩く。
睡眠不足で判断力の鈍っているあきらは、どこかおかしい気がしながらも、促される通りに布団に潜り込んだ。
柔らかい布団からはお日様の匂いと、どことなくやさしい、狗巻の匂いがする。

狗巻はあきらの体にしっかりと布団を被せて、自分はベッド脇に座り、またぽんぽんとあきらの入った布団を叩いた。宥めるような手つきだった。

「……あのー」
「しゃけ?」
「眠れって、言ってくれたらそれでいいんだけど」
「おかか」
「普通だと寝れないから来たんだって」

それでも狗巻は譲る気配がない。ぽんぽん、と布団を叩いて、あきらを寝かしつけようとしている。
あきらはため息を吐いて、狗巻を睨んだ。

「三十分寝れなかったら呪言で眠らせてもらうから」
「しゃけ」
「ほんと、頼むよ……」
「しゃけしゃけ」

そうするうちに、最初は不満を訴えるばかりだったあきらの瞳が眠たげに閉じてきたことに、狗巻は気づいていた。語尾だってゆるゆると溶けてきた。
数分もしないですっかり目を閉じたあきらを見て、安心したように息を吐く。
安らかな寝顔だった。
あきらの目の下にはっきりできてしまった隈を、狗巻は指先でこっそりとなぞった。