「来ちゃった……」
今にも崩れそうな建物を恨めしげに見上げて、あきらがぽつりと呟いた。横目でその表情を見てから、伏黒も続いてその全貌を眺めた。
建物の端には木々が生い茂り、かつての人間の領域を浸食している。カラスがどこか遠くで鳴いた。
「…………いますね、中に」
呪いの気配を感じた伏黒がなんとなしに言う。
山の近くに隠れるようにしてある廃病院。心霊スポットとしてもそこそこ有名なこの場所が、今日の伏黒とあきらの仕事場だ。
前回の巡回からはそんなに日が経っていないし、呪霊なんて一朝一夕で湧いてくるようなものでもないので、本来この任務は二級術師を二名も派遣するようなものでもない。
しかし。
「入りたくないよー!」
本来この任務を請け負うはずのあきらが嫌がったのだ。
一人で夜に心霊スポット行くのはやだ、無理、死んじゃうと担任の胸ぐらを掴んで必死に主張したらしい。
けれど他の同学年の予定はもう詰まっていたから、入学したばかりでまだ実習もそんなに多くない伏黒に、白羽の矢がたった。
「さっさと終わらせましょう」
「うん……ごめんね伏黒くん……」
「いえ」
そうは言ってもまだぶつぶつと聞き取れないことを呟いているあきらに、気づかれない程度に息を吐く。本当に大丈夫かと思いながら、索敵のための式神を自分の影から呼び出した。
犬の姿にいくらか安心したようで、あきらがほっと息を吐く。
「かわいい」
「……そうですか」
やっと中に入ってからも、あきらは盛大に怯えた。後ろに気配があった気がすると言っては悲鳴を上げ、顔を真っ青にし、足取りも覚束ない。とうとう伏黒の腕にひっつく始末だ。
あまり人に近づかれるのは得意ではないが、そう言って振り払うには、あきらの顔が必死過ぎて無理だった。
「呪霊、いないですね」
「……隠れてるのかな〜」
恐る恐るといった風にあたりを見回すあきらはどう見ても頼りになる先輩ではない。
まあひとつ上程度ならこんなものなのだろう、と諦めにも似た気持ちで、先を行こうと踏み出した、その時だった。
「あ、いた」
突然隣から気配が消えた。驚いた伏黒が瞬きをする間にあきらは後ろに向かって駆けだしている。
さっきの恐れはどこにもない。おもむろに背中に回した手でホルダーから呪具らしきものを取り出して、陰に向かって一閃する。
「……」
「結構うまく隠れるね。面倒だな……」
すぐに戻ってきたあきらは元通り伏黒のそばにぴったりとくっついた。ちょうどどこかでがしゃんと何かが崩れる音がして、ひえっと身を縮める。
「何ー!?」
「……風か何かじゃないですかね」
「だよね!」
「高遠先輩って」
「うん?」
呪霊は怖くないんですね、と伏黒が言うと、あきらは呆れたような顔をして、私呪術師だよ?とあっさり返した。