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七海と同期※男主

「おれもう呪術師やめる」
「……」

大衆居酒屋のカウンターに突っ伏しながら、智は譫言のようにそう言った。同期の術師のそのだらしない姿に息を吐きつつ、七海はビールを飲む。
智は「術師やめてどっか海外の物価の安い国で毎日遊んで暮らす」とこれまたいつかの自分のようなことを呻いている。

「……見た目は変わってませんよ」

慰めのようなことを口に出すと、智がばっと顔を上げた。酒で上気した顔が泣きそうに歪んでいる。そう、智は結構酒に弱く、泣き上戸も少し入っている。普段はわりと寡黙な方なのに、こうなってしまってはもうダメだ。あとは延々と──

「もうおれは自分の手で髪を抜きたくない」

嘆くのみだろう。今のように。

式神使いが媒介にする物は術式によって多種多様だが、メジャーなのは札と髪だ。高遠智はそのうちの後者を媒介とする式神使いであり、つまり任務の遂行には必ずと言っていいほど、自分の手で、自分の意志で、抜きたくない髪をぶちぶちと抜かなくてはいけないのだった。精神的ストレスは想像するにあまりある、と七海は思う。だからこそ、うまい慰めが思いつかず、こうしてたまに任務後に酒に付き合ってやるしかできることがない。
最近は抜け毛もある気がする、と泣く同期に同情を禁じ得ない。

「こうさ、焦ってると何本か一気に抜けるんだよ。毛根がしっかりついた毛抜いちまった時のやるせない気持ち、七海わかるか?わかってくれるか!?」

もうやだあ呪術師やめる、農業やる、と智はとうとう泣き出し、周囲の客の注目を集めている。それでも、自分と同じ種類の悩みを持ち、そして更に深刻な状況にいる彼を無碍に扱うことは、七海にとっては難しいことだった。