ある日の待機室。
「七海サン、あの、もしもの話なんですけどぉ」
えへ、と何故か誤魔化すように笑っている猪野が、いきなりそう切り出した。暇つぶしで読んでいた雑誌から顔を上げ、向かいに座るその後輩を見る。
「いやホントすぐにってわけじゃないんですけど。七海サンのタイミングで気が向いたときのっていうか。強要するつもりも全然なくて」
「いいから早く言ってください」
「うっ。……あの、その腕時計、かっこいいですよね」
そこで視線の先が自分のつけている時計にあることに七海はやっと気づいた。顔を期待に輝かせて、猪野が勢いよく言う。
「いらなくなったら俺にくれませんか!!それ!」
「……」
「壊れててもいいんで!!」
「……あのですね」
「猪野だけずるい!!」
「……」
一旦猪野を止めようとした七海の声をかき消すようにして、いきなり女の声が割り込んだ。
高遠あきら、高専に所属する、準一級の呪術師だ。この二人が集まると二倍どころか二.五乗くらいの勢いで騒がしくなるので勘弁して欲しい。
「なっ、オマエいきなり入ってくんなよ!今七海さんと話してんだから」
「はぁ?たかってただけじゃん。それより七海さん、猪野にあげるくらいなら私にください。大切に使うので」
「……別に了承はしてませんよ」
「高遠のせいで断られただろ」「いや猪野の頼み方が悪かったせいでしょ」とそう広くもない待機室で後輩二人が争い始める。
お願いだから早く来てくれと、担当の補助監督である伊地知に祈った。