「そういえばさあ」
ぷくく、と夜の闇の中で、隠す気もない思いだし笑いが少しだけ響く。
放棄地帯の道路のど真ん中で、立ったまま道の向こうを見据えている迅とは違って、あきらは座り込んであぐらをかいていた。立っているのは疲れるのだそうだ。トリオン体だというのにおかしなことを言う。
ぽつぽつと灯る街灯があるとはいえ、住宅の明かりがない放棄地帯はやはり暗く、空を見上げればたくさんの星がちらちら瞬いている。考えようによってはいいシチュエーションであるともいえるが、一緒にいる人間があきらであり、また置かれている状況が状況であるので、変な雰囲気にはどうしたってならない。
話に乗るのを待っている風であったので、なんかあったの、と迅が尋ねた。
二人とも暇なのだ。もうすぐ、それどころではなくなるのはわかっているのだが、しかしそれまでは。
あきらがまだくすくす口元を抑えて、迅に視線を寄越す。
「小南たちのことなんだけど。私、おもしろいことに気づいてさ」
「へえ。なになに」
「あの子たちのこと呼ぶ時、小南は遊真たちって言うの」
「うん?」
「レイジさんは雨取たちって。んで、とりまるは三雲たち、だね」
「そうだっけ」
最近この襲撃への備えもあってあまり玉狛支部にはいなかったし、ずっと気を張っていたから、迅にそういう覚えはない。首を傾げるとあきらが「そーなんだって」と付け加えた。
向けていた顔をぐるりと前に戻して、あきらは先ほどの迅と同じように、道の先を見た。今か今かと迫ってくる集団を見逃さないように目を凝らしている。
「やっぱりみんな、自分の弟子が中心なんだよなーって思って。」
「まあ、そりゃあ、師匠ってそんなもんでしょ」
「そうそう、それだよ。みんなちゃんと師弟やってんだよね。小南なんかあんなに不満タラタラの顔してたのにさー。全く」
すーぐ大事になっちゃうんだから、と嬉しそうに笑いながら、あきらが立ち上がった。
「……来た?」迅が問うと、「来たよ」と確信を持った答えが返る。
道の先にはまだ誰の影も見えはしないし、視界のレーダーにも、バッグワームを装備しているであろう部隊は映らない。しかし、その言葉を疑うなんて考えは微塵もなかった。
知らず、迅の手が腰に下がる風刃を撫でる。
「私が戦うのは、あの子たちのためだけじゃないよ」
よく通る声で、あきらが言う。
「あの子たちのこと大事になっちゃった、玉狛のみんなのため。もちろんあんたのためでもある」
「……ありがとな」
「いえいえ。ひいてはみんなひっくるめて大事にしてる私のためですから」
点のような黒い影がいくつか、視界に入った。常人には不可能な速さでそれは迫ってきて──段々人の形に近づいていく。
あきらが軽く手を握りしめて、拳を作る。それを少し持ち上げ、迅の方へ差し出した。
「師匠じゃないけどさあ、私たち先輩だから。やれることはやったげないとね」
そんなあきらの行動に数回瞬きをしてから、迅はにへらと笑って、同じように拳を作った。あきらのそれにぶつければこんと音がする。
「……そうだな。頑張ろう」
視線を戻せば今回の敵たる仲間はすぐそこにいた。止まれと叫んだ太刀川の一声で次々に足を止める面々を見回して、迅が余裕ありげに口端を持ち上げる。
「──太刀川さん、久しぶり。……みんなお揃いでどちらまで?」
太刀川率いる精鋭部隊とは違って、任務なんかではないけれど。迅にもあきらにも、そんなものよりずっと強い動機があるから、笑みさえ浮かべて敵対できる。
玉狛支部では今頃、新人三人が訓練を終えて、帰路につくところだろうか。ひょっとしたら、みんなで夜食でも食べているかもしれない。
師匠でもないただの先輩たちとしては、どうかあの三人に、星のちらつくこの夜を、何も知らずに歩いていてほしいのだ。