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菊地原の好きなもの

好きなものはなんなのか、という質問に、菊地原は平然と嫌いなものを並べた。
どうしてそうなったとそばにいた歌川はもの言いたげに菊地原を見たけれど、「なに」と眠たそうな目で見つめ返せば、とうとうそれを口に出すことはなかった。同じく近くにいた他の二人はというと、風間は全く気にしていないようだったし、三上は苦笑を浮かべるのみである。
菊地原は、こういうことがらしいとして許される人間なのだ。

「キライなもの」

あきらが唐突に口を開く。手に持って眺めているのは、ボーダーで時々発刊される薄い冊子だ。記事として最近ボーダーであった出来事を取り上げたり、注目隊員と称してプロフィールを載せてみたり、たまにインタビューがのったりするその冊子は、今あきらがしているように、任務までの待機時間に読むにはちょうどいいもので、購読者は割合多い。作りもなかなか凝っている。

「トマト、ピーマン、牡蠣…………優秀そうなやつ?」

声に出して読み上げるあきらを、菊地原が横目で見た。目は合わない。冊子を見る横顔は笑ってもいなかった。単に暇なのだろう。
あきらが読んでいるのは、隊員のプロフィールが書かれているページだった。この間風間隊に依頼があったのだ。A級三位の、そのチームの一員として、菊地原も渡された紙に自分のプロフィールを書き込んだ。
決して乗り気ではなかったし、こんなの作ってるひまがあるなら訓練でもしたらいいのにとは思ったが、隊長である風間がオーケーを出したのでは拒否の選択肢がない。
じっと横顔を眺める菊地原に気づいてか、あきらがやっと冊子から目を離してこっちを見た。「なんで」首を傾げる。

「なんで菊地原だけキライなものなの?」

ぷいとせっかく合った目を逸らした。あきらが不思議そうに目を瞬かせている。

「……別に、理由なんてない」

ご記入お願いしますと愛想よい笑顔で差し出された紙にあった、好きなものという文字の上に、菊地原は少し考えてから二重線を引いた。下に小さくキライなものと書いて、つらつら並べてペンを置いた。盗み見た歌川がおまえはまたという顔をしていたので、唇を尖らせて「なに」と言ってやった。

「菊地原、好きなもの、ないの?」

あきらがなぜか悲しそうな顔をして問いかけてくる。菊地原はどう答えるか迷って、迷って迷って、「…………あるよ」と吐き出した。

「なんだ。あるなら書けばいいのに」
「イヤだ」

なんでそんな恥ずかしいこと、と続ける。

好きなもの、という文字を見たとき。
真っ先に思い浮かんだのは、よく食べるお菓子でも好んで飲むジュースでもなんでもなかった。
菊地原はただ、たくさんの人の顔を思い出した。
それは風間であったり、歌川であったり、三上だったり、その他の友人であったり──あきらであったりした。
ただでさえ素直でない、生意気だと言われる菊地原が、そんなことを書けるはずがなくて、だから彼は、素直に言えるキライなものを書いたのだ。

「恥ずかしくないよー。好きなもの書いてたら誰かくれるかもしれないじゃん」
「そんなこじきみたいなマネしたくない」
「こじきって……」

眉を八の字にしてあきらが言う。

「誰かにもらいたいものでもないからこれでいいの」

好きなものを好きだと、はっきり言ってしまうやり方も確かにあるのだろう。けれど、それをあえて口に出さずに、ひっそり抱きしめるやり方だって、きっと間違ってはいないはずだ。
菊地原はそっちがいい。はっきり伝わらなかったとしても、応えてくれる人たちを、好きになったと思うから。

話は終わりだとばかりに菊地原が立ち上がる。あきらも時計を見て慌てて立ち上がった。お互い防衛任務の時間が迫っている。
早足で外に向かう菊地原を追いかけて、「好きなもの教えてよ」とあきらが言った。イヤだとあっさり切り捨てると不満そうに唸っている。

「友達なのに」
「……」

意識はしていないだろうあきらの一言にぎくりと肩が揺れた。あきらの様子を伺ってみると何も気づいた様子はなく、彼女はぶうぶうと頬を膨らませていて、それがなんだか、おかしかった。