昼を食べ終えて退屈していた。
今日はいつも一緒にいる米屋が防衛任務でいないので、出水はなんとなく一人でいる。
そこにあきらがやってきた。挨拶もそこそこにあきらは出水の前の席に腰掛けて、ジュースを飲みつつ結構な勢いで話を始める。
と言っても会話ではない。あきらが一方的にまくし立てているだけである。出水が聞いているかどうかさえ、あまり気にしている様子はない。
曰く──昨日いきなり非番になったらしい佐鳥に部屋にこないかと誘われた、道すがらコンビニに寄りお菓子を買って、手をつないで佐鳥の家に向かい、着いたら親がいないと言われて少し緊張した、部屋はごちゃごちゃとものが多かったけれど、片づけようという意志みたいなものは見られた──ぽんぽんと昨日あったことを連ねていくあきらの話に、出水はどんどん嫌気がさしてくる。
──だってこれあれだろ。のろけだろ。親がいない日に部屋に呼ばれてやることっていったら一つじゃねーか。
自分も訪ねたことがある佐鳥の部屋の様子を出水は思い出した。ついでにいろいろ想像してしまってうへえ、という気持ちになる。なぜこんなことを報告されているのか状況がつかめない。
「……それでさあ」
あきらが突然言葉を切った。のろけにしては随分中途半端なところで口を閉じたあきらに、一応聞いてやっていた出水がうん、と首を傾げた。あきらはいつの間にかふてくされていて、なんだか雲行きが怪しい。
「なんだよ、話せよ」
「……エロ本見つけた」
「ぶっ」
「佐鳥がお茶いれてきますっていうから部屋で待ってたんだけど。枕の下からなんかはみ出してるなと思って。引っ張り出してみたら……」
まあ、そういういかがわしい本だったというわけだ。俄然おもしろくなってきた話に、出水が身を乗り出した。のろけよりは随分いい話である。
「なに? 喧嘩したわけ」
「しないけど」
さっきまでより若干勢いを落としてあきらは続きを語った。
麦茶の入ったコップを二つ持って、先輩お待たせー、とのんきに部屋に戻ってきた佐鳥に、あきらは見つけたエロ本をちらつかせたらしい。すると佐鳥は、ぎゃあっと短い悲鳴を上げて驚き。
「『違うんです!』」
「何が?」
「『それ、えっと、オレのじゃなくて!! 出水先輩が無理矢理!!』」
「はああ?」
「たいした慌てようだったよ」
慌てた佐鳥はなんと出水の名前を出したらしい。もちろん濡れ衣である。だいたい出水はネット派だ。
なるほどそれでおれんとこに来たのか、と出水は納得して息を吐いた。
「おれ、んなことしてねーぞ」一応弁解しておくと、「わかってる」と答えが返ってきた。
「優しい私はちゃんとそーなんだあ出水ってろくなことしないねーなんて騙されたふりをしてだね、」
「オイ」
「助かったー!って顔した佐鳥とその後はまあ普通にいちゃいちゃして帰ってめでたしめでたし。なんだけど」
「んでその優しいあきらちゃんはなんでおれんとこ告げ口にきてるわけ」
「罰に決まってんでしょ」
ぴしゃりとあきらが言ったちょうどその時、がらりと教室のドアが開いて、「出水先輩!」と聞き慣れた声が響いた。
「先輩、ちょっと頼みごとが……うえっ!」
佐鳥である。
奴は手にがさごそとビニール袋を下げており、出水の姿を見つけると駆け寄ってきたが、その前の席に座っているのがあきらだということに気づくと、びくっと大げさに驚いた。
こりゃおもしろいな、とにやにやあきらを見てみたら、彼女は先ほどまでの不機嫌そうな表情をすっかり消して、にっこりと恋人に笑いかけた。
「佐鳥」
「あきらさん、な、何してんのこんなとこで」
「何って。出水がもう変なもの押しつけないように、怒りに来たんだよ。ねえ出水」
「……そうそう。すごい剣幕だったぞこいつ」
出水が話に乗ってやると、佐鳥は顔を青くして、あきらと出水を交互にちらちらと見た。「そ、そうなんだあ」と弱々しい声が響く。
「じゃあ私は教室帰るわ。出水、くれぐれも、よろしくね」
「わかったわかった。悪かったって」
最後の一言は妙に強調されていて、出水はくつくつ笑いながらその意図を受け取る。席を立って、手を振って出ていくあきらの笑顔は、最後まで崩れなかった。
「……で、佐鳥くん」
呼びかければ、びくう、と佐鳥の肩が跳ねる。
「お前しばらくパシリな」
「はい喜んで! ほんとごめんなさい!」
言いながら手に持っていたビニール袋をどさりと出水の机の上に置いた。中には菓子やらパンやら、購買のコロッケやらと出水の好物が入っている。献上品らしい。
──つまりあれだ。直接怒って自分の株を下げたくはないが、腹は立つので何らかの罰は与えたいと。
泣き笑いのような顔をしている佐鳥に、「オレンジジュース買ってこい。お前のおごりで」と言い渡す。いい返事をして駆けていく後輩を見ながら、なるほどこれがウィンウィンってやつか、と出水は思った。