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三輪と歩き出した子

現れたトリオン兵の動きが妙だったので周辺に誰か入り込んでいるのかもしれないという疑いを持った。
柵を越えて警戒区域に入り込む人間など死んだところで文句は言えないと三輪は思うが、一般人の死はボーダー全体のイメージダウンに繋がる。捨て置くことはできなかった。
生身ではレーダーにも映らない。仕方なく近くのビルに上って、その強化された視力を持って辺りを見回す。数年前に廃墟になった小さな駅のホーム、そこにそれらしい人影を見つけた。しかも知った人間だ。小さく舌打ちが鳴る。

「──高遠!」

ホームのベンチに座って、その女はぼうっと前を見ていた。三輪の声に気づくと緩慢な仕草で目を向ける。

「あ、三輪くん」
「どうしてこんなところにいる! ここがどこだかわかっているだろう」

死にたいのか、とつい続けそうになった口を閉ざしたのは、頷かれたらどうすればいいかわからなかったからだ。
高遠あきらとはクラスメイトという薄いつながりしか持っていないが、第一次侵攻で両親を亡くしていることだけは、三輪も知っていた。

黙ってしまった三輪を眺め、数回瞬きをしてから、あきらはふいと視線を正面に戻した。「ここねえ、」感情の読めない声であきらが言う。

「私が中学の時使ってた駅なの」
「……」

まだ残ってるんだと思って、懐かしくて。

トリオン兵が巨体で這いずるせいで、警戒区域の建物の損傷は激しい。言われてみればこの駅は綺麗に残っている方だ。それも、明日にはどうなるかわからないのだが。

「……家はなくなってた」

続いた言葉は淡々としていた。三輪が眉を顰める。
あきらは視線を自分の膝に落として、足をぶらぶらと動かした。

「もうここに電車はこないんだよねえ」
「……当たり前だ」
「待ってても誰も、どこへも、連れてってくれないんだね」
「……」
「自分の足で歩かないと」

──どこにも行けない。

それは自分に言い聞かせるような言い方で、三輪は挟む言葉を持たなかった。
ようし、と一人で納得したあきらが地にしっかりと両足をつけて立ち上がる。制服に付いてしまった埃を払い終わると、立ち尽くす三輪を見て、にこりと笑う。

「ねえ三輪くん、ボーダーってどうやって入るの?」

その顔は凛としていて、そしてどこか切なげで、どうしようもなく目を奪われた。
朽ちた駅、夕暮れ、無くした日常。……きっと今、彼女はそれら全部を胸に抱えて、踏み出す覚悟を決めたのだ。