遺書を書け、と言われた。遠征を前にしての準備のひとつである。真っ白いレターセットを神妙な顔で差し出しながら、もしもの時のためだ、と本部長は言った。仕方ないから書いてみるかあとペンを取ったはいいものの。
「……だーめだ。何にも思いつかない」
便せんを机の前に広げてから数十分が経った。でも書くべき言葉も、書くべき相手もどうも浮かんで来ない。
正面に座り、こちらもほとんど何も書いていない後輩が顔を上げてあきらを見る。
「うちの隊で出してないの、おれとあきらさんだけだって。太刀川さんが言ってた」
ため息混じりに出水が言った。
真面目な遠征メンバー、例えば風間隊の面々などは真面目に書いてさっさと本部長に提出したらしいし、真面目からはほど遠い太刀川やら国近やら当真やらは、なんと書いたふりをしてほぼ白紙で出したらしい。未練がないのか自信があるのか。
真面目度で言えばその中間であるあきらと出水は、ちゃっちゃとは書けずしかし白紙で出すほどの度胸もなく、こうしてギリギリまでうじうじして机に向かい合っていた。
「……だいたいさあ」
つまらなさげにペンを回しながら、あきらは半目になって出水を見る。
「考えてみてよ。このメンバーでさ、死ぬようなこと、あると思う?」
遠征メンバーは、精鋭と呼ばれるA級の中からさらに選抜を重ねて決定される。今回は太刀川隊に冬島隊、風間隊と、A級トップを誇る三隊が出向くのだ。
自隊の強さは言わずもがな、ランク戦などで散々やり合っている他二隊の強さだって、あきらはよく知っている。驕りは禁物と言われようが、簡単に振り払えるものでもない。
出水は曖昧に笑った。あきらの言いたいこともわかる、ということだろう。
はあとため息をついて、机に向きなおる。ペン先でこんこんと紙を叩いた。
遺書、と言われた時に第一番の選択肢になりそうなのは家族であろうが、あきらの場合、もう他界しているので本当に書く宛がない。なら親しい友人にでも、と思っても緊張感がないから、なかなか書くことなど思いつかない。
「……あきらさん」
「んん?」
「いいこと思いついた」
いいことって何。出水の整った顔を見て先を促す。
「おれはあきらさんに書くからさ、あきらさんはおれに書いてよ」
まるっきりいつもの顔で出水は笑っていた。あきらが一度ゆっくり瞬きをして、「それって意味ある?」とやる気なさげに問うた。
「だって書くことないんでしょ」
「ないけどさあ。なに出水、私に伝えたいことでもあんの」
「…………ある」
「ええ」
なによ今普通に言ってよなんか怖いじゃん。唇を尖らせてあきらが文句を垂れたが、出水は意に介さずペンを動かしだした。手で隠しつつちゃっちゃと書ききってしまって、適当に三つ折りにすると封筒の中に押し込む。
「あきらさんもはやく」
「えー……」
あきらはしばらく悩んだが、出水の視線に耐えきれず、頭をかいてペンを取った。
伝えたいこと、伝えたいこととぶつぶつ呟いて、結局ろくに思いつかなかったので「この間あんたが買ってきたみかんを食べたのは太刀川さんじゃなくて私です。すみませんでした」とすごくくだらないことを書いて同じく三つ折りにする。遺書というかなんというか、ただの懺悔である。
白い封筒には、出水へ、と小さな字を並べた。
「帰ってきたら交換ですから」
「……遺書ってそんなもんだっけ?」
あきらの言は無視である。出水はなぜか上機嫌で、楽しみだなーなんてわざとらしいことを言いながら、封筒の表にあきらさんへと書き込んだ。下を向いたその耳が少し赤いのに気づいて、あきらは首を傾げてみせた。