Skip to content

荒船とやりたくない

部屋に連れてこられる、これはいい。肩に触れられ頬に手を添えられ、ちゅ、と音を立ててキスをする、これも全然構わないのだ。
しかし荒船の唇がすこし開いて、舌が忍び込んでくるくらいになると、あきらはこっそり覚悟を決めなくてはいけない。

「……あ、荒船、待って」

待って。
その一言を口にして、先を拒否して、荒船に睨まれる覚悟をだ。

「……なんでだ」

このやりとりも何度目だろうかと思う。つきあい始めて半年を過ぎた頃から、荒船は何度もこうして先を求めてきて、その度あきらはやだ、だめ、と断っている。最初の数回はまだはやい気がする、という曖昧な理由に頷いて引いてくれた荒船だが、ここ数回はさすがに不満そうだ。今日はそのなかでもいっとう不機嫌で、あきらは内心ヒエッと震え上がった。

「あきら」
「……はい」
「何か理由があるならちゃんと言え。納得させろ」

じゃないと不安だ。眉間に皺を寄せた荒船の言葉は、そこだけやたら弱かった。
視線をさまよわせる。
あきらが来るとわかっていたからか、綺麗に整頓された室内。本やDVDが並ぶ本棚。ボーダーの給料で買ったらしい、大きめのテレビ。何度か見せられた映画のポスター。
うろうろしていた目は結局逃げきれずに、荒船の顔に戻ってくる。うう、と腕で顔を隠してあきらが唸った。

「……あのさあ」

そのままくぐもる声が言う。おう、と荒船が相づちを打った。

「じょ、女子は痛いんだよね」

友達に聞いたのだ。高校三年ともなれば経験済みの女子は周りに多い。そのみんなが、まだだというあきらに揃って予備知識やら体験談やらを吹き込んだ。痛い、とにかく痛い、絶対入んないと思ったのにねじ込んでくるから彼氏を嫌いになりかけた、シーツが血だらけになった、次の日歩けない、異物感がひどい。痛い。そして痛い。もうひとつ痛い。
あきらはすっかりビビってしまった。
もともと痛みに弱いのである。小さな傷ですら負いたくないのに、そんな、あんな、怖い。
愛情があれば痛くてもいい、なんていう人もいるのだろうが、あきらはどうしてもそんな風にはなれない。

「……いたいのやだ。怖い」

注射を怖がる子どものような言い分を、ぽつぽつと泣きそうな声であきらは並べた。荒船の顔は見れない。はああ、と大きなため息が聞こえた。

「……やりたがらねえ理由はそれだけなんだな」

そう言われて、少し考えてからあきらはうんと小さく頷いた。手首が掴まれて、顔の前から退けられる。怒ってもいない顔が近くに寄せられてどきどきした。目を閉じる暇もなく唇が寄せられてちゅうと吸いつかれる。

「俺が嫌いとか、他に好きなやつがいるとか、そういうのじゃねえんだな?」
「う、うん」

ホッと息を吐いた荒船の反応がむしろ不思議だ。今現在見つめ合うあきらの顔を見ておいて、どうしてそんなことを疑えるのだろう。
ぐ、と肩に乗った手に力が込められて、あきらは焦った。

「ちょっ、待ってって……」
「安心しろ。痛いことまではしねーよ」
「へ」
「けど恥ずかしいことは我慢しろ」
「え、待って待って」

ぽすんと後ろに倒れて、だらだらと冷や汗を流しながら覆い被さってくる荒船を見上げた。獲物を狩るときのような笑い方をしている。天井が背景に見えた。あらふね、と怖々呼びかける。

「……今日は、気持ちいいことだけだ」

やだ、こわい、タンマ、何を言おうとしても制止の文句は荒船の口の中だ。大人しくしてろと言いながら、服の裾から滑り込む手のひらは、緊張のせいか冷たかった。余裕なんて結局は、荒船にもないのだ。