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那須が怖い

那須は怖い。とても、怖い。
 

「あと、ひとり」

暗い夜のフィールドで、那須の放つ変化弾はいっそ芸術的なくらいの明るい軌跡を描いてあきらを襲った。計算しつくされた攻撃は回避を決して許しはせずに、走るあきらの足を削り、収束してはシールドを割る。
左手に構えたハンドガンで苦し紛れに撃った弾は簡単に避けられてしまう。──同じトリガーなのに。使う人間によってここまで性能が変わるのだから、トリガーとはどこまでも正直で、残酷なツールだった。

ぴしり、ぴしりと抉られた胴から皹が広がっていく。

「…………」

あきらは残りの時間を、足掻くのではなく勝者を睨み付けるのに使った。位置はそう離れていない。足場にしていた建物から降りたって、こちらを見つめている那須はどう見ても華奢で儚げで思わず守ってやりたくなるような女性で、けれどその女が、美しい立方体を周りに散らしては自分や仲間の体を砕いたのだ。
ふと、この場に似合わない表情を、あきらは那須の顔に見た。

両の口端を大層柔らかく持ち上げて、那須玲ははっきりと微笑んでいた。

「……あんた、怖いよ」

囁いたつもりが聞こえていたらしい。那須が目を少し大きくする、その世界がびしりと縦に割れて、ランク戦は終了を迎える。
あきらの一点も生存の二点も手に入れた那須隊は、暫定ランクを少しだけ上げた。

 

「高遠さん、こんにちは」

那須があきらの前に姿を現したのはその三日後のことである。
ラウンジで暇つぶしに雑誌を読んでいたあきらの目の前に、飲み物の入った紙コップを持って那須が座った。別に仲がいいわけでもないのにどうしたんだとあきらは思う。あきらと那須は通う学校こそ同じだが、クラスが違うし、そもそも体の弱い那須は学校を休みがちで、姿自体そんなに見ないのだ。話したことなど数えるくらいしかない。
怪訝そうな眼差しを向けたが彼女はちっとも怯まなかった。柔らかく微笑みながらこちらを見ている。この間のように。

「……何か用?」

三日前に自分にとどめを刺した女を、自分が確かに恐怖を感じた相手を真っ直ぐに見るのは難しい。だから雑誌を見ながら言う。興味のないふりはしてみたけれど、さっきまで楽しんでいたはずの内容は、頭に入ってこなくなっていた。

「あなたと話してみたくて」
「……」

よくわからないことを言って、那須はひとくち飲み物を飲んだ。こくりと喉が動くのをあきらは盗み見る。

「高遠さん、この前のランク戦で、私を怖いって言ったでしょう。だから気になって」
「やっぱ聞こえてたんだ」

ごめん、と短く謝ると、「別に怒ってるわけじゃないのよ」と苦笑が帰ってくる。そして、

「どうして?」

那須が尋ねた。どうして私が怖いの、と。

唇をきゅっと結び、あきらはどう返すかを悩んだ。しかし答えてと那須が促してくるので、渋々口を開く。手に持っていた雑誌をぱたんと閉じ、膝の上に置いた。

「……那須は怖い」
「なぜ?」
「だってあんた、楽しんでるでしょう」

あの日、直接対峙して得た印象だった。
追いかけて追いつめて。弾を次々と散らして、人の手足を削って胴体を抉り、頭をぶち抜いてとどめを刺すことを。壊すことも勝つことも。那須はきっと楽しんでいて、あきらはそれが怖い。戦闘が好きで破壊を楽しむ人間はボーダーにはたくさんいて、あきらはその中の何人ともやりあったことがある。那須より弱いやつも強いやつもいる、けれどたぶん、那須はその中の誰とも違う。
那須はもっと、切実で、静かで、ひたむきだ。
まるでそれしかないとでも言うような目で、那須は戦う。
美しいと思うくらいに洗練された戦い方で、たくさんのものを壊す。

ぽつぽつと呟くあきらの言葉に、那須はうっすら微笑んだ。

「……戦うことは楽しいわ」

繊細な響きの声に儚さはなくて、ただ綺麗だ。

「私が外を駆け回れるのは、トリオン体でいる時だけよ。生身の時はいつも部屋でじっとしていて、窓から見える外にばかり憧れて、速く走れも跳べもしないの。なにかに繋がれているみたいに」

それって生きてるっていえるのかしら。
語尾を下げた那須がもう一度、紙コップの端に唇をつける。白い喉がゆっくりと動く。「こう言うと、怒られるかもしれないけど」澄んだ瞳があきらを見る。

「四年前、近界民はこの街からあんなにたくさんのものを奪っていったのに、私には、自由をくれたの」

私は今生きてる、楽しいわと、那須の声が響いた。整った顔に浮かぶ微笑みを見て背筋に冷たいものを感じ、やっぱり那須は怖いと、あきらは思った。