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傍らに雑草/二宮

この曜日にこの時間なら学内のカフェテリアにいるだろう、とあきらが予想した通り、二宮匡貴は丸い木のテーブルの上に紙コップを置いて、むかつくほどに長い足を優雅に組んで読書などしていた。こういう予想があきらは得意だった。

三門市が抱える諸事情により、作られてまだ数年しか経っていないカフェは洒落ているし小綺麗だ。つまり絵になる。
二宮匡貴はこれまた本当にむかつくことにとても整った顔立ちをしているので、周りの女子が視線をちらちらと投げている。けれど同じ理由から、声をかけようという勇気ある、そして自信のある女子はなかなかいないのだった。
あきらは勇気ある女子でも自分に自信のある女子でもなかったが、二宮匡貴という人間に慣れきって久しいので、なんにも考えずに近づいて「まさたかくん」と猫撫で声を出した。

「気持ちが悪い」

返ってきたのはその一言である。顔を見るどころか、紙の上に並ぶ文字を追う視線も止まらない。
あまりにひどい。
頭に上りかけた血をなんとか落ち着かせて、精一杯の笑顔を浮かべる。

「お願いがあるんだけど」
「……」
「ちょっとパソコン貸してくれない?」

ぴっと指を立てて、匡貴のそばの椅子に乗っている鞄をさした。この薄くて高そうな鞄の中に、だいたい毎日リンゴのマークのついた意識高い系大学生御用達のパソコンが入っていることは知っている。今日のお目当てはそれだ。
匡貴がぎゅっと眉間に皺を寄せた。女の子が逃げそうな顔だとあきらは思った。

「……理由は」
「今日提出のレポートがあって」
「学内のパソコンを使え」
「人いっぱいだったから頼んでんの。時間がないの。五時提出なの。千字なの」

淡々とまくし立てるとようやく顔を上げて、あたりを見回したぶんおそらく時計を探していた。ちなみに今の時間は三時。あと二時間である。冷たい目で見られたので笑っておいた。眉間の皺が深くなる。
あきらは匡貴の返事を待たずに空いている椅子のひとつに腰掛け、ぽん、と鞄の上に手を置いた。チッと不機嫌に鳴らされたそれが許可の印であることはわかっている。鼻歌さえ歌いながら、あきらは勝手に鞄を開けて薄いそれを取り出す。
目の前に置いたところで、「……どれくらいできてるんだ」と匡貴が尋ねてきた。

「一文字も書いてない」
「……」

ゴミ虫を見るような目で見られた。

 

あきらと匡貴はいわゆる幼なじみというやつで、その付き合いはおおよそ十五年に渡る。単に住んでいたところが近かったから、というだけでこんなに長いこと一緒にいるのだから不思議だ。小学校中学校高校と、匡貴は隣の市の私立、あきらは地元の公立に通っていたのに、大学が一緒というのもまた不思議である。まあ匡貴が、そしてあきらが所属しているボーダーの提携校がたまたまこの大学だったとかいう事情があるにはあるのだが。

匡貴は読書を続け、あきらはパチパチと慣れぬキーボードを叩いた。
ネットで使えそうなものを検索しては言い回しを変え、といったダメ大学生の見本のようなレポート作りに勤しんでいたところに、聞き覚えのある声が聞こえてきてあきらは顔を上げた。

「……ああ」

向いた方向には大学の同級生であり、ボーダーでの同僚でもある太刀川慶がいる。姿勢良く隣を歩いているのは三輪隊オペレーターの月見蓮だ。黒髪がつやつやと光を反射していて、この世の不公平を呪った。
何を話しているのかは聞こえないが、なにやら太刀川が頼みごとをしていて、それを月見が突っぱねている、というのは遠目からでもわかった。
ふと前を見ると。
匡貴が読書を中断して、あきらが今見ていた方向、太刀川と月見に目を向けていた。

「……匡貴」

呼ぶとはっとしたようにあきらに目を向けて、何かをごまかすように、ゆっくりと冷めたコーヒーを飲んだ。にやあ、とつい意地の悪い笑みがあきらの顔に浮かぶ。

「その顔はなんだ。虫酸が走る。やめろ」
「いや、んふ、んふふ。月見って美人だよねえ」
「…………」
「高嶺の花って言われてるらしいよ。まああんたとなら釣り合うんじゃない」

美形で頭が良くて有能でとくれば目の前の幼なじみと同じで、周りの人間はおいそれとは近寄れない。おいそれとは近寄れない、はずの奴らの隣に、今いるのがダメ大学生代表のあきらであったり、トリガーを持てば強いけれどダメ度ではあきらとどっこいどっこいな太刀川であったりするのがまた面白いところだ。

「いっそ逆だったら自然だったかもねえ」

二宮と月見が並んだらそれはそれはお似合いだろう。あきらと太刀川が並んだら似たもの同士でそれなりに仲良くやれる気がする。
あきらは本当に面白かったからくすくす笑って言ったのだが、匡貴はそうは思わなかったらしい。ムスッとして立ち上がり、紙コップを掴んでカウンターの方へスタスタ歩いていった。コーヒーのおかわりだろう。途中で月見と太刀川のそばを通ったので、太刀川がおお、と声をかけていたが無視の憂き目にあっていた。

月見がどこかへ行ってしまって、匡貴がまだ戻ってこない。あきらに気づいた太刀川がこちらにやってきて、空いていた席に勝手に座った。

「あいつなんであんな不機嫌なんだ?」

匡貴のことだ。あきらはにやっと笑って、あんたの幼なじみに見とれてたからからかってやったんだよ、と教えてやる。

「蓮は見た目はいいけど性格は鬼だぞ。俺がこの十数年どんだけ苦労したか」
「匡貴もだよ」
「似たもの同士」
「そう。だから、逆なら自然だったかもねーって」
「へえ」

逆、逆なあ、と呟いて、太刀川が言った。

「それだと俺たちが幼なじみか。色々詰むな」
「違いない」

あきらたちのようなダメ人間がちゃんと生きていこうと思うのなら、無理矢理引っ張り上げてくれるしっかりした幼なじみの存在が必要不可欠なのである。

「本当に嫌なら離れてるだろうし。同情でそばにいてくれるほどあいつら優しくないよ」
「まあ、子どもの頃とは違うからなー」

たまたま近くに生まれ、親に仲良くしなさいと言われて一緒に遊んでいたのはもう遠い昔のことだ。今はそばに置く人間をあきらたちはそれぞれ選ぶことができる。
それでも匡貴はあきらを遠ざけないし、月見は太刀川の面倒を見るのだ。だから結局はそういうことで、それがとても心地良い。

程なくして戻ってきた匡貴は、あきらの手元に湯気の立つ紙コップを置いた。ブラックコーヒーなら嫌がらせと判断するところだが、中に入っていたのはカフェオレだった。

「お。ありがとう」
「二宮二宮。俺の分は」
「ない」
「えー」
「おいあきら、千字程度がまだ終わらないのか」
「あともうちょっと」
「レポート? げっ」
「…………」
「……太刀川」

その後、あきらが必死で仕上げたレポートは言葉の使い方が間違っているだの論旨がはっきりしないだのと匡貴に酷評された。タイピングが覚束なくて結局レポートが間に合わなかった太刀川とともに、あきらはこの日三度目の蔑みの視線を幼なじみからいただいた。正直言って慣れっこである。