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二宮隊には幽霊がいる

──二宮隊には幽霊がいる。

 

本棚に布のカバーのついた文庫本を見つけた。
よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味なそれを手にとって開く。読んだことのない本、かつちょうど暇潰しの道具も人も見当たらず困っていたところだったので、誰のものかはわからないがとりあえず開いて読んでいた。

一人きりだった作戦室にやっと人がやってきて、あきらはぱっと顔を上げる。ついこの間上司になったばかりの二宮匡貴。お疲れさまです、と声をかけたら適当にああ、と返された。
もうちょっと愛想良くできないのかね、と内心思いながらまた本に意識を戻す。

「高遠」

ふと呼ばれて顔を上げたら、隊長殿がこちらを見ていた。なんですか、と聞けばどこにあったと返された。二宮の目線の先には、あきらが膝の上で開く本の存在がある。

「そこの本棚にありました」
「……」

二宮はしばらく黙った後、そうかと呟くように言って、そこからは不自然なほど、あきらの方を見なかった。

 

 
──幽霊がいる。

 

二宮隊の作戦室には開かずのロッカーがある。
それは前任者のものらしい。
元々用意されていたロッカーは隊員とオペレーターのあわせて五つだけだったので、一つ使えないとなると新しい物を用意してもらわねばならなかった。

「鍵、持ってっちゃったんですか」

ひゃみさんとあだ名されるオペレーター女子が困った顔をした。

「なんとも迷惑な」

わざとおどけた調子で言ってみれば、犬飼が面白そうに笑って言う。

「確かに迷惑な人だったよ」

 

 
──幽霊がいる。

 

「私の前任の人って、どんな人だったんです?」

とてもやりにくくて、イライラしていた。
連携がちっともうまくいかない。
撃ちたいところで、位置取りがまずかったり、他の隊員とのタイミングが合わなかったりで、個人の成績が滅法悪い。
あきらは訓練生の頃から優秀で通っていたし、自分の腕にそこそこの自信があったから、余計に腹立たしかったのだ。
能力的には比べるまでもないけれど、別のアタッカーと即席で組んだ訓練の時の方が連携としてはよかったくらいだ。
自分の鍛錬不足もあるのかもしれないが、それだけではないとあきらは思う。

この人たちは、どうもスナイパーに、止めを期待していない。
他の隊なら切り札となるべき狙撃を、そう使わせてくれない。

スナイパーというポジションを軽視しているのかと思った。だからそんなことを、苛立ち混じりに尋ねた。

「……あの人は、」

切れ長の目があきらを見て、それからすっと伏せられる。

「とても怖がりな人だった」

 

 
幽霊がいる。
幽霊がいる。
二宮隊には幽霊がいるのだ。

 

あきらは過去の戦闘映像を見た。
ぼんやりとしていた影が、一人の人間としての輪郭を持って、あきらの前に現れた。
狙撃に止めを期待しない妙なやり口の理由を知った。
人が撃てない、技術だけ持った出来損ないの女がそこにいた。

二宮から呼び出されて、前任が解任された経緯を知った。二宮隊が降格した本当の理由も同時に教えられた。
なるほど、確かに迷惑な人なのだろう。
ルールを破って、チームのみならずボーダーの全てを裏切って、他人を巻き込んで向こうに消えてしまった。

「馬鹿な女がいたというだけの話だ」

二宮はそう締めくくった。こんなに長い間、二宮と喋ったのは初めてだな、とあきらは思った。

 

 
二宮隊には幽霊がいる。
それが本当に死んでいるのか、どこかで生きているのかはわからないが、そんなことはあまり関係ない。
あきらの能力が彼女より勝っているか劣っているか、人が撃てるか撃てないかも全部意味がない。
 

二宮隊には幽霊がいる。

あきらが決して勝てない幽霊がずっと、心の中に住み着いている。