もうS級じゃないんだ、と言われた。スコーピオン久々だから勘取り戻すの手伝ってよ、とも言われた。個人総合ランクで一位目指すから、と笑って、迅はあきらのポイントをむしり取っていった。
別にそれが不満なわけではない。ないのだが。
「……迅とやるの嫌だ」
ベッドの上に、うつ伏せに転がっていたあきらが言った。ついさっき風呂から上がって、バスタオルで髪をがしがしと拭いていた迅がびしりと固まる。ぼすっと音をたてて手からバスタオルが落ちた。
「え、待って待って。なんで? おれなんかしたっけ」
慌てて迅が寄ってきて、ベッドの端に腰掛ける。あきらの顔をのぞき込もうとするが、こっちを向かないので難しい。ぽつり、と迅の茶色の髪から、拭ききれなかった水滴がシーツに落ちる。あきらが迅に視線を寄越した。
「……隊服変えない?」
「え?」
「紛らわしいんだよ。混乱する」
「何の話してんの」
横顔を隠す髪が邪魔なのだ。表情が読めない。髪をのけようとそっとあきらの頬に手を伸ばすと、拒否するように顔をクッションに埋めてしまった。少なからずショックを受ける。
迅は、とくぐもった声がする。その声が小さいのはクッションが阻むから、というだけではないのだろう。「おれが、なに」聞き逃さないように静かに、迅が先を促した。
「……迅はさ、生身かどうかぱっと見わかんないから」
怖いよ、とあきらが続ける。
あきらは迅と戦うのが怖い。と、この間、外で戦ってみて初めてわかった。
生身と戦闘体で、見た目にほとんど差を作っていない迅の、急所を攻撃するのが怖い。斬りかかられているのを見るのが怖い。傷口から吹き出すのが、トリオンの黒い煙などではなく、たらりと垂れて地面に落ちる、血液だったらどうしようと、そんなことをつい考えてしまう。
今日のランク戦でも同じことだった。今まではS級である迅と戦うことがなかったから、知らなかったけれど。
自分が斬りつける首から──もしも血が、出てきたら。
考えるだけでぞっとする。実際今日は手が震えた。
「……あのなあ」
「……」
「あきらの方が紛らわしいよ」
呆れたように言いながら、迅があきらの抱えたクッションを取りあげた。簡単に転がされて仰向けになったあきらに顔を近づけ、小さな音とともに唇を落とす。頬に落ちた水滴を指で拭い、至近距離でじっとあきらの目を見る。
「てっきりこっちのことかと思っただろ」
あきらは瞬きをして、「それなら最初からついてこないよ」と返した。「だよな」迅が笑う。
その頬に手を伸ばして、ぎゅうとつまんで引っ張ったら、迅が痛い痛いと悲鳴を上げた。
「……生身だ」
「当たり前だろ」
あきらはどこか安心したように、表情を少し柔らかくしてから上半身を起こした。立ち上がり、ベッドの上に迅を残してぺたぺたと歩く。途中でさっき迅が落としたバスタオルを拾って、部屋から出ていこうとする背中に声をかけた。
「どこ行くの」
「シャワー」
「そのままでもいいのに」
「私は嫌」
「…………ランク戦もまたしような」
「……嫌だって言ってるでしょ」
あはは、と笑ううちに、あきらはバスルームへと消えていって、迅の顔は一層緩んだ。ランク戦が嫌だというあきらの心も、結局は自分を心配するあまりのことだと思うと、やはり嬉しい。それからまあ、単純に、セックスが嫌だと言われたのではないことに、安心したのもある。
「……かわいいよなあ」
早く出てこないかな、と仰向けに寝転んだ迅の耳には、ざあざあと水の音が聞こえてきた。