庭でたまたまエネドラに会ったので、アキラはつい三日前に制圧した国には大きな神殿があった、という話をした。
そこは司令塔とはまた別の、最後の砦だった。
堅く閉ざされた扉を自身のトリガーを使って吹っ飛ばし、内側に押し入ったとき、そこにはたくさんの人間が震えたり泣いたりしながら身を寄せ合っていた。
トリガーでの戦闘が主流である戦争に置いて、戦闘員が男性であるとは限らないように、非戦闘員も女子どもと老人ばかりなわけではない。頭に角のある、異形のアキラを見て、彼らは自国の負けを悟り、男はアキラから弱いものを庇うように、目をぎらつかせながら前に出る。
アキラに彼らを傷つける気はなかった。近界において人間とは資源も同じだから、無駄に数を減らすような真似はしない。戦闘員だってなるべく殺さずにおいてある。皆殺しの命が出ていたなら、話はまた別なのだが。
とにかくアキラは敵国にいるには似つかわしくない、ある種のほほんとした気持ちで中を見渡した。
そこで彼らの神を見たのである。
「神?」
この国において、その言葉は決していい意味のものではないからか、エネドラはアキラの言葉にぎゅっと眉を寄せた。アキラはひとつ頷いて続ける。
「像があったの」
神殿の奥。真っ正面。
一番目立つ位置にそれは鎮座していた。
天井には窓があって、そこから外の光が祝福でもしているかのように、白い像に降り注いでいた。
つるつると美しい、石でできた巨大な作り物の女だ。敵に晒され、恐怖に震えている自分を信じるものたちを、うっすらと微笑みながら見下ろしていた。
「あそこの神様はひどい」
「ああ?」
「そこにあるだけで、助けてはくれない」
泣く赤ん坊も、母親の陰に隠れる子どもも。子どもを必死に隠そうとする女も、それを守ろうと立ち上がった男たちだって、アキラはきっと簡単に殺すことができた。あの像は、もしそうなったとしても、慈愛の微笑みを浮かべたままそこにあっただろう。
頼りにならない神だと思う。信仰しがいのない神だなと、侵略者は思ったのだ。
「……神様なんてほんとにいるのかな」
ぽつりと言ったその言葉を、少し機嫌の悪いエネドラが鼻で笑う。最近性格が悪くなってきた気がしないでもない。
「神なら」
エネドラがドン、と音を立てて、立っていた地面を乱暴に踏み締めた。何かを侮辱するように、靴の裏を押し付ける。
「──ここに御座すだろうが」
「…………」
アキラは地面を見た。その先を透かすようにじっと視線を注ぐ。
エネドラはハンとつまらなさそうに鼻を鳴らし、スタスタとどこかへ歩いて行ってしまった。そのひょろひょろとした黒い後ろ姿をしばらく見つめ、そしてその場にしゃがみ込む。纏っていたマントが土についたが、そんなことはどうでもよかった。
地の底だか天井だかの、そんなところにいるだろう誰かを思う。
「……この国の神は、信仰のしがいだけはある」
ちいさく囁いた。
何百年も前に連れてこられた生け贄が、この国の至る所で息づいている。たとえ意に染まずに連れてこられていたとしても、星を動かし、風を吹かせ、雨を連れて、たくさんの命を育んでいる。
もうすぐ死ぬのだと、そう聞いた。
「あ。そうだ、会議があったんだ」
ふと思い出して立ち上がった。
神の死に備える、何よりも大事な仕事についての会議がある。この国の未来のための。
「エネドラも言ってくれたらいいのに」パンパンと土を払いながらごちて、アキラは急ぐ様子もなくゆっくりとした足取りで目的地に向かった。どうせ遅れるのだから構わない。
軍部はこの国の要を担う場所であるから、それはそれは高いところにあって、少し歩けば城下が一望できた。
夕暮れがずっと向こうから迫ってくるのが見える。
この国の国民は、あの国の者達と同じように、自分たちを生かしてくれる神のことを尊んでいて。
この国の上層部は、ただの道具を便宜上、その名前で呼んでいる。
──アキラは。
なんとなく振り向いて、エネドラが踏みにじった地面の方に少し目をやった。
「…………かわいそうだね」
自身もたかだか実験動物。
けれどアキラは確かに、その尊い名を持つ彼らのことを、きっと誰より哀れんでいる。