迅がおかしなそぶりを見せるようになったのは、玉狛が支部として落ち着いてしばらく経った頃だった。
何人かで集まっておやつを食べているとき、幼い陽太郎の相手をしているとき、迅はふいに空を見て、ぽうっと呆ける。
遠くを見ているような、あるいは自分の脳内をのぞき込んでいるかのようなその瞳が見ているのは、きっと未来だ。青い両目は、望む望まないに関わらず、迅にこっそりと先を教える。
それが喜ばしいばかりのものではないと知っていたから、最初あきらは迅の様子に気づかないふりをしていた。他のみんなにしてもきっと同じだったろう。
けれど。回を重ねるごと、迅の瞳が穏やかになっていくから。だから辛抱できずに、とうとう聞いてみたのだ。それは心地よい春の昼下がりで、玉狛支部の、隊員の数にしては広い基地には、あきらと迅の二人しかいなかった。
「何が見えるの」
簡潔に尋ねたあきらの顔をじいっと見て、迅がおかしそうに吹き出した。この一言を口に出すのにはそれなりの勇気がいったから、もしかしたら変に力の入った、おかしな顔をしていたのかもしれない。
むっとしたあきらに気づいてか、迅が取り繕うように悪い悪いと繰り返す。
「ちょっと前から、よく見るんだ。おれたちにいっぱい、後輩ができる未来」
「後輩?」
「うん。たぶんまだ……ずっと先のことだけど」
迅が上を向いた。明るく光る照明を見上げて、眩しそうに目を細める。
「お前といるときも、陽太郎といるときも、他の誰かといるときも。今は知らない誰かと、ぼんち揚分け合ったり、話したり、一緒に夕飯食べてる未来がぽっと見えたりする」
「……どれくらい、先なの」
「小南の髪長くなってたし、年単位で先だろうなあ」
迅のサイドエフェクトは、二通りの未来を彼に見せる。動けば変えられるすぐ先の未来と、どうやったってほとんど変えることのできない、確定の未来。
後者は何年も前から見えたりするものらしい。
あきらがそれを初めて聞いたのは、今はもう過去になった第一次侵攻、それについて迅本人から教えられた時のことだ。目の下に隈を作って、知ってても変えられないんじゃ何の意味もないと、泣きそうな顔をして、迅は言った。たくさんの人が死ぬ未来が、夢にまで現れると。眠るのが怖いと。
あきらの知る限り、確定の未来は大抵、迅を追いつめた。それをあきらは知っていたし、何もできない自分が嫌で、悔しくてたまらなかった。だから。
「……そっか。そうなんだ」
後輩ができるという確定の未来を、迅が楽しそうに語る。それは、何よりの救いに聞こえた。
失ったものは決して戻ってこないけれど、いつか得る新しい仲間の影が、一体どれだけ迅を癒すだろう。それは同時に、見ているしかできなかったあきらまでもを救うのだ。
「楽しみだなあ」
独り言のような迅のつぶやきを聞いたら、じわじわと涙がこみ上げてきた。それをなんとか堪えて、あきらは心の中で、言うべき相手の見つからないありがとうを言う。
まだ見ぬ後輩たちへのありがとう。いつか本当に──後輩がやってきたら、その時はきっと、先輩としてできるだけのことをしようと、あきらは強く思った。
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大仕事をこなし本部にやってきて、大荒れだろう会議室の前で迅と別れ、ぶらぶらと時間を潰していたら、不満そうに立ち尽くす風間と太刀川に出会った。有無を言わさず引き留められてあきらは苦笑を浮かべる。迅はどうした、と聞かれて、風刃を差し出しに行ったと答えたら。
「理解できない」
これである。
仏頂面で吐き捨てる風間に大して困惑もなく、まあそうだよなあとあきらは思う。
近界民を引き入れて。本部に逆らって。差し向けられた刺客をなんとか蹴散らして。そして今頃、迅はあんなに執着していた風刃を──師匠の黒トリガーを、つい先日出会ったばかりの後輩のために、交渉の道具にしている。
『あんたたちにとっては単なる黒トリガーでも、持ち主本人にしてみれば命より大事なもの』。さっきそう言ったばかりの迅が、今まさにそれを手放そうとしているのだ。
「……まあ、そりゃそうだよ。風間さんたちにはわかんない」
迅が、あきらが、どんなにあの後輩たちを待ち望んでいたかなんて、そんなことは二人以外の誰も知らない。
どういうことだよと太刀川が不機嫌に噛みついた。
「せいぜい知り合って二週間ってとこだろ。おまえたちがそんなに必死になる理由がどこにある」
「私たちはずっとあの子たちを待ってた。それじゃ理由にならない?」
「……未来視か?」
「うん。迅はまた違うこと考えてるのかもしれないけど──私は、あの子たちがなんだろうと何でもいい。誰の子どもだろうが、近界民だろうが、黒トリガー持ってても持ってなくても、弱くても強くても、なんでも」
迅があきらに、その確定の未来を打ち明けてからは数年が経っている。小南の髪は伸び、烏丸や宇佐美という──新しい隊員が転属してきて玉狛支部は少しずつ賑わっていった。
時はゆっくりと、しかし確実に進む。
その中で一際輝いたその未来を、どんなに待ち遠しく思っていたことだろう。
なんだってよかった。後輩たちがどんな事情を抱えていようが、あきらはそれを全部受け入れて、彼らのために動く。ずっと前にそう決めた。
「──だって、救われたんだから。恩返しはするものでしょう?」
あきらは心底愉快そうに笑う。濃い茶色の瞳は曇りなく、真っ直ぐに太刀川と、風間を見つめていて。二人はただ深く深く、息を吐いた。