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辻の師匠になる

折り入って頼みがある、とよりによって二宮匡貴なんかに言われたものだから、あきらは思わず身構えた。昼下がりの大学の食堂でファイティングポーズをとられた二宮が呆れた目をこちらに向ける。

「……なんだそれは」
「いや、だってさあ!」

どういう風の吹き回しだと思ったのだ。

だって二宮は基本的に人に頭を下げないし、頼りもしない。
東隊に入る前よりは傲慢度は随分下がったと思うけれど、それでも基本的な性格は変わっていないのだ。太刀川みたいにレポートだの出席票だののしょうもない頼みごとをしてくることはない。

ということはつまり、

「なにか面倒なことが起ころうとしている……!」

導かれる答えはこれしかない。
ファイティングポーズのまま威嚇すれば二宮の端正な顔立ちに浮かぶ呆れの色が濃くなった。

とりあえず話を聞けと言われ、拒否して席を立ちかけたあきらだったが、月曜一限の授業のノートを引き合いに出されては抵抗などできるわけもなく、大人しく席に座り直す。
ぶうぶうと年甲斐もなくあきらがふくれっ面をした。

「お前に頼みたいのは、」
 

──うちの隊員の師匠役だ、と、あきらの不満の全てを無視し、クソがつくほど真面目な顔で、二宮匡貴は言い渡した。

 

**

 

「…………」
「…………」
「………………」

睨みあっている、わけではない。
どころか目が合わない。

仮想空間で初めて対峙したイケメン風の男は、仮にも今日から師匠になるあきらの顔も見ようとしない。

──なんでだ。

 

師匠役など頼まれたあきらはもちろん難色を示した。
なんでってA級にあがって久しい二宮隊の隊員に、あきらが教えられることなどひとつもないと思ったからである。
あきらはアタッカーとしての経験があるだけで特別な才能はないし、ポイントだってぎりぎりのマスタークラスだ。二宮が才能を見出している隊員と張り合えようはずもない。
だがしかしここもやはり木曜二限の授業のノートを引き合いに出されては、ハイと答える道しかあきらには残されていなかった。二宮というのは、つくづく卑怯な手を使う男なのだ。
ともかく。

「……なんでだ」

ぽつり。あきらがとうとう疑問を口に出した。
すると目の前の男の肩がびくっと大げさに跳ねる。

「おい、辻、えーっと、なんたらのすけ」
「……新之助です」

なんだか頼りない声を辻なんたらのすけは出した。こいつこんなキャラだっけか、とあきらは内心首を傾げる。
一応師匠になるにあたって事前学習は必要だと、残っている記録は一通り見てきたのだが。画面の中の辻はもっと冷静に敵を見据えていたし、堂々としていた。それを見てやっぱ教えることなんてないじゃんとやる気をさらに削がれたのだって記憶に新しい。
なのに。

「いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「……」
「返事くらいしろ!」
「は、はい」
「まずなんでそんなに私に脅える」

虐めた心当たりなどもちろんない。
後輩たちの評判も悪くないはずである。出水や米屋などはあきらを見つけるたびおっあきらさんちょうどよかったジュースおごってとか声をかけてくる。なめられてるとも言うかもしれない。
 

辻の視線が恐る恐るあきらに向いた。と思ったらまた逸らされる。はっきりしない態度を見て、あきらの額に青筋が立った。

「だあもう!!!」

手に持っていた弧月の鞘を投げ捨てて、苛立ちに任せて近くの塀を切り捨てる。
びくびくっとまた肩を跳ねさせた辻がよろめきながら二三歩後退した。ぎらりとあきらが睨みつける。

「……もういい。とにかく、まずは戦ってみてから話を……」
「ベ」
「ベ?」
 

「ベイルアウト」

ドオン、と聞き慣れた大きな音を最後に、視界から辻の姿が消え、あきらは目を見開いて驚いた。
しばらく放心していたが、自分の勝利を告げる機械じみた女の声にやっと正気に戻り、「こらあ!」と空に向かって吠える。

『……すみません』

空から応えるように辻の声が降ってきた。

ぎっと睨み上げれば、女の人がにがてなんです、とか細い声が返ってきて、あきらはぽかんと口を開けた。