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三輪を休ませる

任務終わりのあきらを呼び止めて、風間はずいぶん参っているようだぞ、と言った。誰がとは言わなかったが、あきらにはすぐにわかった。そもそもその件以外に、年も立場も大きく離れているあきらに、風間が声をかけてくることはない。

本部のめぼしいところを探し回った結果、目的の人物は三輪隊の待機室にいた。今日は任務は当てられていないので、ひとりきりで、何をするでもなく、三輪秀次は部屋にいた。
ずかずかと室内に入り込めば怪訝そうな顔で迎えられる。
ただでさえ怒っているように見えやすい顔立ちなのに、今は目の下にくっきりと隈があって、人相が凶悪だ。髪もボサボサで、風間の言ったとおり、いかにも参っています、といった風だった。
あきらは三輪の前に立つと、ふう、と軽く息を吐いて、「秀次、トリガー出して」と手を差し出した。

「……何のためにだ」

三輪があきらを見上げて尋ねる。

「いいから」
「……嫌だ」
「はい却下ー」

軽い調子で言うと、あきらは手を伸ばし、まず三輪の腕をひとまとめにして抵抗を防いでから、ズボンのポケットを探った。無遠慮なそれに、驚きと、それから羞恥で三輪が喚く。曲がりなりにも相手は女だ。年頃の身には少々辛い。やめろと拘束をふりほどくために動いても、任務終わりのあきらは未だトリオン体のままで、つまり生身の力では適わない。あっという間にトリガーホルダーはあきらの手に移った。

「お前は一体、何がしたいんだ!」
「何がって」

眉間に皺をこれでもかと刻んで、三輪が怒鳴る。あきらは物怖じせずに答えた。
「まあ、こうしたいかな」言うなり、三輪の体を、ひょいっと担ぎ上げた。

「……!?」
「暴れないでね。落として怪我させたくない」

俵か何かのように、自分より小さい体に担がれて三輪は硬直する。落とされるわけにもいかないのでされるがままだ。さっきからなんだ、何がしたいんだ、とぐるぐる考えている間にもあきらはとことこと移動していた。
オペレータールームの脇にある、仮眠室。
自動で開いた扉の先にはベッドがいくつかあって、そのうちの一つに、三輪は投げられた。スプリングが軋む。

「あきらっ……!」
「まあまあまあ」

急いで起きあがろうとしたところに、あきらがのし掛かってくる。ベッドの上で全身を押さえ込まれて、身動きがろくに取れない。柔らかい体を押し付けられて、慌ててもがいたものの、あきらはもちろんトリオン体のままだから、今の三輪の力では退かすことはできなかった。このためにトリガーを取り上げたのか、と苦々しく思う。しかしそれでも抵抗をやめられないところが、三輪が時折、友人たちに生きにくそうだと言われる理由のひとつだろう。
秀次、と声を潜めてあきらが呼ぶと、三輪はぴくりと体を震わせて、少しだけおとなしくなった。

「……なんだっていうんだ」
「あは、さっきからそればっかり」
「お前が答えないから……」
「寝よーよ、秀次」
「……」
「寝てないんでしょ、最近」

抵抗が止む。あきらがごそごそと位置を変える。
三輪の顔のすぐ傍に、あきらの顔がある。心配そうな眼差しに息が詰まった。そろそろと、白い指先が三輪の目の下に触れた。

「こんなにがっつり隈作っちゃってさー」

もう、と怒ったように唸るあきらを、三輪はじっと睨むだけで、言葉はない。あきらが息を吐く。

三輪は心に大きな傷を背負って生きている。それは誰にも癒せないものだ。大きな傷はたくさんの歪みを作って、それぞれ段々広がっていくから、いつまで経っても、きっとすっきり解決はしないのだろう。
三輪がもし憎しみに突っ走れる、自分勝手な人間だったら、もっと楽に生きられたのかもしれない。けれど不幸なことに、三輪は真面目で、優しくて、不器用な人間だから。何も無視できなくて、ひとつひとつに向き合おうとして、そのせいで悩んで、疲れて、いつか壊れてしまいそうで。あきらは不安なのだ。

だからといって、悩んでほしくないとか、そういうわけではなかった。
今三輪を悩ませている存在たちについて、憤りを覚えたりも、あきらはしない。それは三輪が壁を乗り越えて、まっとうに生きていくために大切なことだと思うからだ。
それはそれで必要なのだ。そして、思うことはあっても口には出さず、ただこうして三輪に寄り添うだけの、自分のような役も必要なのだと、あきらは思っている。

「たまには何も考えないでさあ、ゆっくり寝ようよ。私が傍にいてあげるから」

精一杯の優しい声色で、あきらは囁いた。三輪の瞳の奥が、ゆらゆらと揺れる。ふっと目を逸らして、三輪が言った。

「……装備が」
「うん?」
「お前の装備が邪魔で、寝づらい」
「……そうだね」

あきらがトリガーを解除する。格好は私服に戻り、三輪を軽々と抑えつけていた腕力も、ずっと弱くなる。ふりほどくことは、とても容易い。
しかし三輪は、体を緩く拘束するその細い腕をそのままにして、ゆっくりと目を閉じる。その様子を見届けて、あきらも満足そうに、その瞳を閉じた。