※なんやかんやで獄門疆を確保した話
封印用の小部屋の中に、あきらの掌には少し余るほどの大きさの小箱が、ぽつんと安置されている。
そこから漂う禍禍しい気配に眉を顰め、あきらは後ろに控えた補助監督に目を遣った。
「これ?」
「はい、そうっス」
あきらの確認に、深刻そうに頷くのは補助監督の新田明だ。本来ならこういう時の案内を務めるのは伊地知の役目だが、先の渋谷での騒動で深手を負ったらしく、現在は医務室で療養という名の書類整理中と聞いている。
あきらははあ、と呆れたような溜息を吐き、視線をその呪具に戻した。
「これが獄門疆ねえ」
獄門疆。
特級呪具。
生きた結界と謳われ、ついにはそのものになったという源信とやらの成れの果て。
大昔の文献には記されていたものの、存在は確認されていなかったそれに、現在呪術界で名実ともに最強と称される五条悟が封印されたのは数日前のことだった。
多数の一般人を巻き込んだ呪詛師・呪霊の計画の主目的は、おそらく五条悟の封印であったと今のところは考えられている。その目論見は半分は成功で、もう半分は失敗だった。
五条悟は封印されたが、肝心の呪物は現場にいた術師各位の尽力により回収されここにある。ただ簡単に解けるようなものではないから、これには今も五条が封印されたままだ。
「で、これをどうにかしろって?」
「はい」
わざわざあきらが呼ばれたのは解呪のあてがないせいだ。
五条を封じた術師の結界術は相当なものだった。あきらは高専に所属する術師の中でも浄化・解呪に特化した術師だし、逆に言えば他にはあまり取り柄がない。
だから呼ばれること自体は自然なことだ。そこに文句はない。
問題は。
はー、と息を吐いてつかつかと部屋の中心に歩み寄る。転がる箱を素手でひょいと持ち上げた。そのままくるりと振り返り、新田をじっとりと見つめる。
「……あいつのことだから自分で勝手に出てくるんじゃないの?」
「いやー、いくらなんでも……」
ない、とは言い切れないのが五条悟という男である。彼女もわかっているのか語尾を濁した。
ただ困ったように頭を掻いて、アハハと苦笑している。
あきらは手にした獄門疆を見た。
気配は感じられないが、この中に五条悟、特に仲がいいわけではないあの同期が入っている、らしい。
解呪にどれくらいかかるだろう。
実際のところはやってみなければわからないが、どうせ周りには急かされるから、おそらく寝る間も惜しんで解析を進めることになる。
それだけでもうんざりするのに、普段から会えば相変わらず弱いだの僕最強だからだのとうるさい男の顔がふと頭に浮かんだせいで、助けたいという気持ちはすでにゼロに近かった。
「……この間抜け。バーカ。自称最強。一生そこでボーッとしてろ」
せめてと思って暴言を囁くと、新田が慌てた顔で高遠さん〜!!と喚いた。じっとりとその顔を見て、あきらはいいって、と返す。
「どうせ聞こえてないんだ——、」
し、と言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、箱の重みが急激に増した。
「え」
ズシン、と思わず取り落とした箱が床の上、あきらの靴のすぐそばに落ちる。
「…………今の……」
床にヒビが入っていた。
相当な重量がかかっているようだ。
「…………」
「…………」
沈黙の中新田と顔を見合わせたあきらの額には、汗がひとつ浮いている。
「……ねえ、」
「……はいッス」
「やっぱこいつ自力で出てくるんじゃないの?」
ていうか本当に封印されてんの!?とあきらが叫ぶ。新田はどう答えようかしばらく迷って、口を開いた。
「まあ、五条さんッスから……」
眉尻を下げながらの返答は、本人を知る者にとっては妙に納得できる、的を射たものだった。