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どっちにしろ/五条

※原作数年前

 

今日も何の悩みもなさそうな担任が上機嫌に教壇に立ったと思ったら、嬉しいお知らせがありますと言い出した。
こういう時言われるのが本当に嬉しいことであった試しがない。顔をひきつらせながら五条を見ると、両手で頬を包むようにし、こちらを見下ろして精一杯かわいこぶった二十代後半の男が

「明日の実習、僕が付き添うことになりました!」

などと抜かした。

「…………」

あきらは無言と冷たい目を返す。

「嬉しいでしょ?」
「…………」
「アレ?」

少し首を傾げたものの、明らかに嬉しくなさそうな教え子の反応など気にしないことにしたようで、五条はいつも頑張ってるあきらへのご褒美ってやつかなだのちょっと上に無理言ってみましただのと付け加えてピースまでして見せた。

冗談ではない。罰ゲームの間違いだ。
これが本当にご褒美ならこの先の人生二度と頑張りたくない。ただでさえスケジュール調整に頭を悩ませている補助監督に負担をかけるな。
などと言いたいことは山ほどあるが、こうなってしまっては文句を言ったところでどうしようもないので、あきらはひとつ大きな溜息を吐いて気を落ち着ける。

改めてじっとりと五条を睨みつけると、「別にいいですけど」と言った。

「ホント素直じゃないな〜」
「いやめちゃくちゃ素直です。まあそれはいいとして、五条先生」
「ん?」

首を傾げた五条を見上げて、あきらは絶対普通の格好で来てくださいね、と念を押した。

「普通の格好?」
「その包帯とか黒尽くめとかやめてくださいねってことです」

前めちゃくちゃ恥ずかしかったんですから、と少々怒った様子のあきらが続けた。

思い出すのは高専に入ったばかりの頃の実習だ。
同行した五条が今となっては見慣れた包帯に黒尽くめのいつものスタイルだったせいで、どこを歩いても嫌な意味での注目を浴びて気が全く休まらなかったのだ。現場があったのが少し人口の多いだけの田舎だったことも悪かった。都会と違って奇抜な格好に慣れている人間が少ない。
隣を歩いていた自分までじろじろ見られたことや、見回りの警官に声をかけられ、目の前で職務質問を受けた五条の姿を思い出してあきらはげんなりした。もう二度とあんな気まずい思いはしたくない。

じろりと五条を見ると、笑いをとりあえず引っ込めた五条が、ポリポリと頭をかいてあきらに視線をやった(多分)。

「もうあんなの嫌ですからね!」
「んー……まあいいか。わかったわかった」

沈黙が少し気にかかったが、五条が案外素直に頷いたので、あきらはほっと息を吐く。
どうか何事もなく実習が終わりますように、と神様みたいなものに心の中で祈った。

 

**

 

次の日。
目的地へ向かう道の途中、あきらはムスッとした表情を五条に向けた。

「……」
「そんな目で見られてもねぇ。仕方ないでしょ」

不満そうに自分を見上げてくる受け持ちの生徒に、五条は肩を竦める。

ちゃんとあきらに言われた通り、普通の格好はしてきたのだ。
目の辺りを包帯で隠すのはやめてサングラスをかけているし、服だってこの間の休みにその辺の店に入って店員に適当に選んで貰ったやつだ。値段はそこそこだが見た目は普通だし、あきらの言う黒尽くめでもない。
前回は片田舎だったが、今日は人口あふれる都会のど真ん中が現場なわけで、その辺も前とは違う。

ただ──

「えっ、あの人なんかすごくない?」
「髪白いけど地毛かな?ていうか足長すぎじゃない?」
「かっこいー……」
「隣の女の子なんなわけ?どこの制服?」

──まあ目立つ。

下手をすると前よりひどいかもしれない。
さっきから絶えず周りを歩く女性に声をかけられたり何か書き付けているメモを渡されたりひそひそ噂されたりしている。

「……もう嫌だって言ったのに」

ちらりと声のうるさい方を一瞥して、恨めしげにあきらが言った。五条自身はいい意味でも悪い意味でも注目を集めることに慣れているが、あきらは違うし嫌なのだろう。五条がくくっと喉で笑う。

「あのねえ、あきら」
「……」
「僕が目立たないとか、秘密道具でも使わない限り無理だから。諦めなって」

五条が明るく笑うと、あきらはドスの利いた低い声で、もう二度と一緒に歩きません、と言って足を早めた。五条の生徒は今日も反抗期だ。